現状は「ちょっとボロボロ」…なお残る不安も前を向く「広めてください」
野球への想いを繋ぎとめてくれたのは、いつだって愛妻だった。「やっぱりいなかったら辞めるっていう判断をしているだろうなとは思いますね」。大きく頷いたのは、脳挫傷からの復帰を目指す生海外野手だった。
今年1月、球団施設内で起きた自主トレ中の打球事故で「左側頭葉脳挫傷」と診断された。競技復帰まで1年から1年半の見込みであることも踏まえ、球団は10月28日に来季の支配下選手登録を結ばないことを通告した。
複雑な思いもあったが、生海は再びバットを握ってグラウンドに帰ってきた。今月15日に来季の育成契約に合意し、サイン。現在は通院を続けつつ、体調を見ながらではあるが、筑後のファーム施設で少しずつ体を動かし始めている。生海は「バッティングも少しずつ再開しました。打つと脳が揺れるからキツイけど。でも、ボールを使うとやっぱり楽しいですね」と着実に歩みを進めている。
先行きへの不安に加え、体調も安定しない日々の中、生海に大きな一歩を踏み出させてくれたのは厚い信頼を寄せる愛妻だった。「『何軍でもいいから、野球をしている姿を見たい』って言われて。それで、もうやるしかないなって思いました」と覚悟を決めることができた。
小学生の頃から一緒だった幼馴染で、高校生の時に交際をスタート。東北福祉大時代は福岡と宮城で遠距離恋愛も経験したが、一途な想いを実らせ、プロ1年目のオフに結婚した。
生海は、大学時代にも野球を辞めようと思ったことがあった。その時も繋ぎとめてくれたのは妻だった。「妻のお陰でまたやろうってなったので。いなかったらもう野球を2回くらい辞めてますね」と、笑って振り返る。妻の存在なしにはプロ野球選手になることも叶わなかったと言っても過言ではない。どんな時も寄り添い、温かく支えてくれた唯一無二の存在だ。
しかし、脳挫傷を発症して以降、大切な妻と“初めての喧嘩”をしてしまった。今までの穏やかな関係が一転、「喧嘩するようになりましたね。今もちょこちょこ……」と生海は明かす。
「脳挫傷の後遺症で、感情的になっちゃうこともあるらしいので。それで自分が感情的になったり、今まで笑って流せていたことが流せなくなったり……。まぁ、そこはキツいですね」と苦しい心情を吐露する。「気付いたら自分を引っ掻いたり、殴ったりとかして、(手が)腫れています。落ち着いた時にようやく気付く感じで、そうなっている時はもう、わからなくなるんです」。家に1人で居ると、冷や汗をかいたり、不安な気持ちが押し寄せてくることもあるという。「1人だったら多分眠れていないです。怖くて」。様々な症状と向き合っている日々の苦悩も明かした。
病院でも脳挫傷の後遺症については説明を受けている。冷静になれば理解できていても、「もう感情的になったら、わけがわからなくなるので」と、まだまだ心身ともに不安定な状況だ。
本来、生海といえば穏やかなイメージが強かったし、本人にもその自負はあった。「自分もそんなキレたりすることはなかったんですけどね。でも、やっぱり脳挫傷になって、怒りが出てくるようになりました」と変化を自覚している。妻との初めての喧嘩も、「自分が悪いなって(笑)。前だったら流せたことが流せなくて、イライラしちゃったりした」と反省するが、その時は感情のコントロールができなかったという。
ただ、妻は全てを理解してくれている。脳挫傷の影響で変化が表れていることも分かった上で、真っすぐに向き合い、接してくれている。だからこそ、生海も全てをさらけ出すことができる。
さらに、生海はニコッと笑って野球への想いが再燃していることも明かした。「最近は日本シリーズとかメジャーの試合を見て、やる気が出てきました。なんかそれで野球をやりたくなってきました」とモチベーションが高まった。「やっぱ大谷(翔平)さんじゃないですか。メジャーリーグの試合、スゴかったじゃないですか。激アツなんで。ホームラン打ちたくなりましたね。それでやりたいってなりました」。そう語ると、無邪気な笑みがあふれた。
入団からこれまで、取材での言動やプレーしている姿からハートの強さは伝わっていた。良いことも悪いこともそんなに気にすることなく、いわゆる“プロ向きな性格”を感じさせていたが、今は違う。「今はなんかちょっとボロボロですね。今、メンタル弱いです」。
思わず弱音もこぼしたが、それでも「広めてください」と言い切った。前向きな思いを、ファンにも知ってほしいと願っている。さらに、「治って復帰できたら、いつか笑い話になると思うので」と、リハビリを兼ねて自らYouTubeチャンネルを開設した。現状を言葉にしたり、簡単な編集作業も自ら行ったりして、“今”と向き合っている。
脳挫傷の影響で変わってしまったこともある。体調面でも野球の面でも、不安な気持ちは当然あるが、前を向いて再び頑張ることを決意した生海。だからこそ、温かく見守り、復帰への道を応援したい。
(上杉あずさ / Azusa Uesugi)