山本祐大の電撃トレードが「5・12」だった理由
球団の福岡移転後、初のパ・リーグ3連覇を成し遂げたホークス。鷹フルではさまざまな角度から今シーズンを振り返っていきます。今年5月、電撃トレードでDeNAから加入した山本祐大捕手。その発表が試合のない月曜日ではなく、火曜日だったのには知られざる「深い理由」がありました。“最後の時間”で指揮官が流してくれた涙。そして、ホークスへの移籍を伝えた電話で、感極まった愛妻から掛けられたひと言とは――。
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球界に衝撃的なニュースが流れたのは、5月12日火曜日の午前10時半だった。山本祐と尾形崇斗投手、井上朋也内野手による1対2の電撃トレードが成立したことが両球団から発表された。2024年にはベストナインとゴールデン・グラブ賞を受賞するなど、DeNAの正捕手として飛躍を遂げていた山本祐だったが、シーズン途中での異例の移籍が決まった。
トレードが発表されたのは、2023年に山本祐とともに最優秀バッテリー賞を受賞した東克樹投手が先発した日だった。試合のない月曜日ではなく、火曜日に発表された背景には、両球団による“粋な計らい”があった。「初めて聞きましたね。いや……ありがたいですね」。山本祐本人も知らなかった、電撃トレードの舞台裏。それでも「僕は泣かないです」――。
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この先で分かる3つのこと
なぜ火曜発表に?両球団が配慮した「最後の時間」
指揮官の涙…相棒・東と交わした「秘密の会話」とは
突然のトレード…愛妻が電話で即答した驚きの一言
「DeNA側からも山本選手が挨拶する時間を作りたいという意向があったので。もちろん我々も同じような状況ではありましたし、トレードの発表は双方のチームの該当選手に伝える時間の調整もあるので。オフのトレードと違ってそれぞれのスケジュールもありますし、諸々と調整をして火曜日になったということですね」
そう明かしたのは、三笠杉彦取締役GM兼球団統括本部長だった。5月11日は両チームともに移動日だった。もしその日に発表されていれば、山本祐は多くのチームスタッフに挨拶する時間もないまま、新天地へ向かうことになっていた。プロ野球の世界では移動日にトレードが発表され、そのまま翌日に移籍先のチームで試合に出場することも決して珍しいことではない。それでも今回は両球団の配慮が重なり、「最後の時間」が設けられた。
指揮官との”別れ"「泣いてくださいました」
その事実を山本祐本人に伝えると、驚きの表情から笑顔に変わった。「初めて聞きました。いや……ありがたいですね。トレードですし、そうやって扱っていただけたことはすごく感謝しています」。トレード発表当日の午前8時。球団から「9時半までに事務所に来てほしい」と電話を受け、球場に向かった。最後に挨拶する時間があったからこそ、忘れられない瞬間が生まれた。
「挨拶をした時、相川監督は泣いてくださいました。バッテリーコーチとして接する時間も長かったので。監督自身がトレードをその日まで知らなかったんだと思います。僕にとっても親身になっていただける指導者の1人でしたし、色々なことを相談して、たくさんアドバイスもいただいたので。僕自身もすごく感慨深いというか、その時は色々な感情が出てきましたね」
5月12日、DeNAの先発は東だった。2023年からバッテリーを組み始めた2人。東の先発時にマスクを被るようになったのがきっかけで、山本祐は出場機会を増やしていった。2023年は71試合に出場すると、2024年には108試合に出場。初めてベストナインとゴールデン・グラブ賞を獲得した。東とのバッテリーが、山本祐のプロ野球人生を大きく動かした。
「トレードの前日も『東さんとこういうふうに抑えよう』みたいなイメージをして、寝たのは覚えているので。東さんとの出会いがプロ野球人生のターニングポイントになったというか。やっぱり僕自身も試合に出始めて、『こうすればもう少し1軍で試合に出られるんじゃないかな』と気付かさせてくれたのが、東さんだったので」
先発登板を控えていた東には、球団からトレードを知らされた後もあえて電話をかけなかった。そんな中でも、東は予定より少し早く球場に姿を見せたという。2人だけで会話を交わす時間もあった。「何を話したかな……。でも、それは2人だけの胸の中にしまっておきます」。笑顔を浮かべながら、どこか懐かしそうな表情で記憶を振り返った。
ホテルで1人、すぐに覚え始めた「明日のサイン」
球場で最後の挨拶を終えると、夕方の便で福岡に向かった。「担当スカウトの方に手伝ってもらいながら、最低限の荷物だけ持ってきました」。その日のうちにみずほPayPayドームを訪れ、小久保裕紀監督らに挨拶を済ませると、ホテルの部屋に戻った。そこで初めてようやく1人になった。
「でも、明日のサインを全部覚えないといけなかったので。1人になってからも、落ち着いた記憶はマジでないです。やっぱり試合に出るからには、チームの決まりもある程度は理解しないといけなかったので。色々な映像を見返したりして、準備をしていました」
感傷に浸っている暇はなかった。翌日には、プロ初登板初先発を迎える藤原大翔投手とバッテリーを組むことが決まっていた。すぐに頭を切り替えて、「ホークス・山本祐大」としての準備を始めた。
支えになった家族…トレード直後に「来る?」
加入してしばらくは、福岡のホテルでの“単身生活”が続いた。部屋に戻っても、誰もいない。5月22日の日本ハム戦(みずほPayPayドーム)では移籍後初アーチを放つなど、プレーで結果を残す一方、気持ちが落ち着かない日々は続いた。初めて心が休まった瞬間は、いつだったのか――。「家族と会ってからじゃないですか。それまではバタバタしていましたし。交流戦に入ってから、気持ち的には少し楽になりました」。背番号「39」の背中を支えたのは、家族の存在だった。
「トレードが決まった後、真っ先に妻に電話をして。単身赴任になる可能性があったので。『来る?』って聞いたら、『行くよ』みたいな感じで即答してくれたのは、すごく嬉しかったですね。家族のいない1か月間はしんどかったですし、相当支えてもらったのかなと思います」
約8年間を過ごした横浜の地を離れて、環境もチームメートも変わった。「この1年で涙した瞬間はあったのか」――。そう尋ねると、返ってきたのは山本祐らしい答えだった。「僕はマジで泣かないですよ。涙は出ないです。そういう感情をあまり揺さぶられないようにしているのか分からないですけど、泣かないです」。
トレード発表の翌日から試合に出場し、6月には左手骨折で1か月ほど離脱を経験したものの、「打てる捕手」としてチームを牽引した。激動の2026年シーズン。キャリアで初めて味わうリーグ優勝の歓喜は、身体に染み渡ったに違いない。
(森大樹 / Daiki Mori)