大野稼頭央が左腕手術を決断した裏側
不安との戦いに終止符を打つための決断だった――。9日に「左尺骨神経前方移行術」を受けた大野稼頭央投手。競技復帰までは3〜4か月かかる見込みで、左腕は23日にリハビリ組へ合流し、復帰への歩みを進めている。
プロ4年目の今季は4月中旬に1軍昇格を果たしたが、4試合に登板しただけで5月21日に登録抹消。直後に左肘痛でリハビリ組に合流した。約2か月半後、8月4日の大分Bリングスとの3軍戦で実戦復帰。その後は2軍で登板を重ねたものの、1軍に再昇格することはなかった。
10月3日のファーム選手権ファーストステージの日本ハム戦(静岡・しずてつスタジアム草薙)では8回から4番手で登板。1回1/3を投げて1失点で、敗戦投手となった。そして、この登板からわずか6日後に手術が行われた。左腕の身に一体何が起きていたのか――。決断の背景には、長く抱え続けてきた不安と、きっかけとなった「決定的な1試合」があった。
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この先で分かる3つのこと
投球中の左腕を襲った、球速低下を招く「違和感の正体」
手術を決断させた、9月登板での「決定的な異変」とは
師匠・大津と交わした会話と、現在抱いている意外な本音
「今年の最初から左腕に神経の症状がずっとあって。(5月末に)左肘を怪我した時に1度は治まったんですけど、復帰してからまた徐々に出始めてしまって……。来年のスタートに間に合わせるためには、この時期に手術するしかなかったんです」
開幕直後から悩まされていた左腕の違和感ーー。「痛みというより、投げる時に力が抜けてしまって。ボールが指にかかっていないような感覚で、少しずつリリースの時に力が抜ける感覚が強くなっていきました」。手術の判断を委ねられた大野は球団に「様子を見ながらやりたい」と伝え、状態を見極めながらの登板が続いていた。
左腕が手術を決断するきっかけとなったのが、ファーム・リーグで今季最後の登板となった9月19日の阪神戦(タマスタ筑後)だった。先発した大野は3回2/3を投げて、7安打5四球7失点。初回は3者凡退に抑えたものの、2回以降は制球に苦しむマウンドとなった。
「初回はかなり調子が良かったんです。でも2回くらいから球速が一気に落ちたし、指に力が入らなくて……。ずっと不安との戦いでした。手術をせずに来年も投げるとなると、この不安とずっと戦っていかないといけない。そう考えたら、今のうちにやっておこうと思いました」
2026年は「ずっともがいていた」
昨オフの自主トレをともにした師匠、大津亮介投手も21日に「右肘頭疲労骨折、ならびに骨棘障害にともなう、右肘頭スクリュー固定術と右肘関節クリーニング術」を受けた。先輩のお見舞いに駆け付け、2人で言葉を交わした。「このリハビリ期間をどう過ごすかが、一番大事な時期だと思うので。来年に向けての話をしました」。今は前向きな気持ちでリハビリに取り組んでいる。
「違和感がずっとストレスになっていたので。意外と今はマイナスな気持ちが全然ないんですよ。今のうちに手術ができてよかった。シーズン中だったら、無理して急いで立ち上げて……みたいになると思うんです。でもオフ期間なので、体を作り直して、慎重にやっていければなと思います」
今後は筑後でリハビリを続け、春季キャンプが始まる2月のブルペン入りを目指す。「色々ときつくて、ずっともがいていたような……。今年1年はなんかずっとそんな感じでしたね」。苦しみながらも、前進するために下した決断。大野稼頭央の進化に期待したい。
(森大樹 / Daiki Mori)