日本シリーズ初打席で初本塁打「必死すぎて」
わずかな嘘も見抜かれそうな目を前にして、腹を割って本音を打ち明けた。2人きりのベンチ裏。密室で交わしたのは、男同士の“約束”だった。「チームに迷惑をかけるわけにはいかない」――。2試合続けて延長での決着となった頂上決戦。3時間36分に及んだ試合を決めた一振りには、川村友斗外野手の壮絶な覚悟が込められていた。
25日に行われた「SMBC日本シリーズ2026」の第2戦。8回の代走から途中出場していた川村に打席が回ってきたのは、延長10回1死だった。右腕・伊勢のチェンジアップを捉えると、打球はバックスクリーンを直撃した。「必死すぎて、もう分からなかったです。でも打てて本当によかったです」。満面の笑みでダイヤモンドを一周した27歳。雨の中で必死に声援を送ったホークスファンだけでなく、味方ベンチも驚き、大喜びした。
「『みんな打つと思っていないんだろうな』と考えながら打席に入っていたので、嬉しかったです。シーズンではなかなか打てていなかったんですけど、毎日アーリー(ワーク)とかで練習もしてきたから。だから最後、こうやって打てたのかなと思います。やってきてよかったです」
2024年9月22日の楽天戦(みずほPayPayドーム)以来、自身2シーズンぶりの本塁打。今年のレギュラーシーズンは103試合に出場しながらも、打率.095。わずか4安打に終わっていた。「やばいです。とにかく打たないと……」。時には弱音を口にすることもあったが、課題の打撃面から逃げることはなかった。1年間継続してきた「練習」が、この大舞台で最高の形となって結実した。
「今年を振り返ると、僕はやっぱり大西コーチなんですよね」
開幕から1軍帯同を続けてきたが、シーズン残り4試合を戦うことなく9月28日に出場選手登録を抹消された。理由は右足首の痛みだった。2週間の調整期間を経て、ポストシーズンから再び戦いの最前線に帰ってきた。ワンプレーが勝敗を左右する短期決戦。川村の覚悟は決まっている。「死ぬ気でやります」。大西崇之外野守備走塁兼作戦コーチと2人きりで交わした“男の約束”とは――。
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この先で分かる3つのこと
「ほんまのこと言え」大西コーチが川村友斗に見抜いた迷い
1軍昇格のきっかけ…大西コーチの心を動かしたワンプレー
「見ている人は見ている」と実感した中村晃の言葉
3軍戦の後…大西コーチから「ほんまのことを言え」
足首の痛みから実戦復帰を果たしたのは、CSファイナルステージの開幕を4日後に控えた10月10日の3軍戦だった。1軍は午前中に全体練習を終えていたが、大西コーチは午後6時のプレーボールに合わせてみずほPayPayドームを訪れた。その試合後、2人はベンチ裏で顔を合わせた。
「状態はどうや?」。その問いかけに「大丈夫です」と答えた川村だったが、大西コーチは言葉の奥にある“わずかな迷い”を見逃さなかった。
「ここは俺とお前の2人やから。ほんまのことを言え」
本音を求めた真剣な眼差しだった。川村も腹を括って、胸の内にあるすべてを打ち明けた。
「足首に不安はあったんです。でも、プレーできない状態なのに『できる』と言って、チームに迷惑をかけるわけにはいかない。その時の状態を正直に言って、登録してもらえたら全力でやるしかないので。『自分が試合に出るなら、死ぬ気でやります』とは伝えました」
患部に注射を打ち、治療に全力を尽くした。少しずつ状態は上向き始め、現在は「不安もなく走れています。大丈夫です」。そう語る川村の表情も明るい。チームのために身を粉にする覚悟。その熱意を受け止めた大西コーチの脳裏には、日本シリーズに向けた明確な青写真が描かれていた。
「『見てる人は見てるんや』と思えるから選手も頑張れる」
育成出身の苦労人にとって、5年目の今シーズンも決して順風満帆な道のりではなかった。開幕直前に1軍合流を果たしたものの、2月の宮崎春季キャンプはB組スタート。転機が訪れたのは2月22日だった。侍ジャパンとの壮行試合で、一時的にA組への合流を果たした川村。シートノックで見せた力強いバックホームに、大西コーチの視線は釘付けになっていた。
「それまでは2軍にいたのかもしれんけどさ。侍の時にちゃんと守って投げられるところを見せてくれたから、『じゃあ1軍に呼んだらどうですか』という話になった。2軍にいたとしても、ずっとアピールしていれば、一瞬のチャンスでも『川村ええやん、大丈夫やん』となるわけやんか。そこからずっと1軍にいたわけやし。『ほんまに見てる人は見てるんや』と思えるから、選手も頑張れるわけやろ」
今年1月の自主トレ期間は仙台で過ごした27歳。誰とも会わず、単身で練習する日々に「どれだけやればいいのか、正直不安もありました」と打ち明けていた。コツコツと準備を重ねる川村の姿を見てくれていたのが大西コーチだ。「俺もグッと来たんやろうな。そういうのは、俺たち(首脳陣)からも発信していく方がいいと思うわ」。2人の間には、日々の練習を通じて積み重ねられた厚い信頼がある。
開幕以降も、川村は自らの役割に集中し続けた。「見ている人は、見ている」――。またしてもそう実感したのは、8月26日のロッテ戦(ZOZOマリン)だった。
8回の守備から途中出場していた背番号61。走者を置いた状況で打席を迎えれば、送りバントのサインが出ることはわかっていた。準備のためにベンチ裏のミラールームに向かうと、顔を合わせたのは今季限りで現役を引退した中村晃内野手だった。「晃さん、やばいです。緊張します」。川村らしく偽りのない思いを口にすると、プロで19年間を生き抜いてきた男から背中を押された。
「いつも練習しているから、できるでしょ。大丈夫よ」――。先輩からの言葉通り、延長10回1死一塁で迎えた打席ではしっかりと犠打を決めた。
普段の試合前にはバント練習を3度繰り返す時もある。求められる役割に応えるため、必死に準備する姿を中村晃は見てくれていた。ミラールームで交わした短いやり取り。「晃さんにそう言ってもらえたのは嬉しかったです」。何気ない会話であっても、川村にとっては胸に刻む大切な“褒め言葉”だ。
ベンチでもみくちゃ「誰かわからなかったです」
「まさかあんな場面で打てると思っていなかった」。川村は日本シリーズ第2戦での決勝弾を振り返った。大仕事ができたのは、どんな時も準備を欠かさず、打撃面という課題から逃げなかったからだ。ベンチでもみくちゃにされ「もう誰が誰かわからなかったです」と笑みを浮かべた。2年連続の日本一まで、あと2勝。チーム一丸となって、掴み取るだけだ。
「福岡でもいい戦いができるように、また準備していきたいです。引き続き応援よろしくお願いします」
およそ2週間前、大西コーチに“ほんまのこと”を打ち明けたから、川村友斗は今この場所に立っている。雨の中で受けたヒーローインタビューは、ファンの記憶に深く刻まれた。これからも妥協なき準備を続ける。“見てくれる人”の期待に、応えるために。
(竹村岳 / Gaku Takemura)