藤原大翔の焦り「上にいかないとクビになる」 支配下直後の離脱…笑顔になれた上沢直之らとのランチ

藤原大翔【写真:竹村岳】
藤原大翔【写真:竹村岳】

離脱から2か月、藤原大翔の現在地

 落胆の暗闇から救い出してくれたのは、仲間や先輩からの何気ない誘いだった。5月下旬に右肘痛でリハビリ組へ合流した藤原大翔投手が、地道な日々を過ごしている。スローイングも一進一退という状態だ。人生で初めて経験したこんなにも投げられない日々ーー。悔しい気持ちを明確に切り替えることができた瞬間があった。

 5月8日に念願の支配下登録を勝ち取った3年目右腕。デビューから2度目の先発となった20日のオリックス戦(京セラドーム)で、右肘に張りを感じ、リハビリ組に合流した。「最初は筋肉痛なのかなと思ったんですけど、なかなか抜けなくて、病院に行きました」。以降はしばらく、ノースローでの調整が続いた。  

 支配下登録を果たしてから、約2週間後にはリハビリ組からリスタートを切ることに。当然、悔しさを隠せなかった。「寮でもずっと1人で考え込むことが多かったです。何もできない時期が、精神的にめちゃくちゃきつかったので」。それでも沈んだ気持ちを軽くしてくれたのが、外へ連れ出してくれた仲間たちの存在だった。

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「投げられるのに、投げられないっていうのがすごくストレスに感じていました。育成の時は育成の中で勝負という感じでしたけど、支配下に上がったら支配下の中でも上に行かないとクビになるので。最初は焦りしかなかったです」  

 練習にも多くの制限があり、できることは限られていた。ボールを投げることすらできない日々が続く中、6月下旬のある日。練習後、上沢直之投手や岩井俊介投手、相良雅斗投手、長水啓眞投手、熊谷太雅投手ら、当時リハビリ組だった選手たちと自然な流れからタマスタ筑後の近くで昼食をともにすることになった。

「ご飯に誘ってもらって、寮の外に連れ出してもらって、それが気持ち的にすごく大きかったですね。いろいろな話をしたんですけど、『無理して焦って、また最初からリハビリになるのが一番もったいないから。みんなで頑張ろう』みたいな話もして。プライベートな話もたくさんしたんですけど、本当に楽しかったですね。(前を向けたのは)本当にあのご飯からです」

人生でほぼ初のリハビリ「こんなに投げていないのは初めて」

 藤原自身、飯塚高時代の3年春に腰の違和感で約1週間投げられなかったことがあるが、これまで大きな故障をしたことはなかった。「こんなに投げていないのは初めてで、何もできないのがつらかったです。だからこそ、あの時のご飯だったり、休みの日にも外に出かけたりするようになりました」。上半身のウエートも解禁されて、できることが増えてからは笑顔も多くなっていった。

「この2か月で2キロくらい体重を増やしました。前から思っていたんですけど、試合で投げながら体重を増やすのって難しいじゃないですか。復帰した時により良い状態で投げられるようにと思っています。またリハビリに戻るのが一番嫌なので、それがないように鍛えられる部分はしっかり鍛えようという気持ちです」

 再びマウンドでボールを投げられる瞬間を心待ちにしている。「楽しみです。ボールは毎日部屋でも持っているんですけど、投げるのは久しぶりなので。『早く投げたいな』って思っています」。もちろん焦りはない。「まだ中6日で回れる体では全然なかったから、けがをしてしまったので」。苦しい時間を乗り越え、一回りたくましくなった背番号「22」。スケールアップした右腕が、再び1軍の舞台に立つ日が待ち遠しい。

(森大樹 / Daiki Mori)