岩崎が9回106球無失点、公式戦プロ初完封を見せた
“プロ初”のシャットアウトで真っ先に浮かんだのは、指揮官への感謝の思いだった――。19日のファーム・リーグ広島戦(マツダスタジアム)。2年目の岩崎峻典投手が9回を108球で投げ抜き、完封勝利を挙げた。「予想をはるかに超えるピッチング。内容も良かったね」。満面の笑みを浮かべて右腕の投球をたたえたのは、岩崎が過ごした苦しい日々を支えてくれた斉藤和巳2軍監督だった。
2年目を迎えた今季は、怪我との戦いだった。今春の宮崎キャンプでは右肩を痛め、途中離脱。痛みはすぐに引き、遅れを取り返すべく調整を進めていたが、3月末には再び右肩を痛めた。一からリハビリをやり直し、4月末に実戦復帰。5月末にはようやく2軍のマウンドへ戻ってきた。
約3か月にも及んだ復帰までの道のり――。「リハビリ組にいる時は毎日が全然楽しくないという時期もあったので。和巳さんの存在が大きかったです」。先の見えない日々の中で、岩崎が何度も救われたという斉藤監督の“ある行動”を明かした。「本当に意外だと思われるんですけど……」。
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この先で分かる3つのこと
岩崎投手を救った、斉藤和巳2軍監督の「意外な声かけ」
実戦復帰後に変化した、指揮官と右腕の「ディープな会話」
プロ2年目の岩崎投手が誓う、指揮官への「本当の恩返し」
「毎回話しかけてくれるんです。普通にめちゃくちゃいじり倒されるだけなんですけど(笑)。そこから野球の話になる。厳しい言葉もたくさんかけてもらいました。でも、僕がリハビリ組にいた時も復帰戦の映像を見てくれていて、会うたびにしっかりと言葉で伝えてくれるんです」
4月、2度目の復帰過程では、球数がなかなか伸びない時期もあった。「ホンマにやばかったです。自由に野球をやっている人たちを見て、羨ましくてしょうがなかった。もどかしくて、悔しかったです」。野球人生で初めて経験したリハビリ。最初は1、2週間で復帰できると思っていただけに、思うように進まない日々に気持ちが沈むことも少なくなかった。
一歩ずつ前へ進むしかない苦しい日々。そんな中、筑後で顔を合わせるたびに斉藤監督は声をかけ続けてくれた。「和巳さんもリハビリをやってきた方なので、その経験とかを話してくれたりして」。リハビリの苦しさを誰よりも知る指揮官だからこそ、その経験や考え方に基づいた言葉は右腕の胸に深く響いた。
タマスタ筑後の室内練習場では何度も見かけた2人だけの光景。時には会話が1時間以上に及ぶこともあった。「最近は自分の方から和巳さんに言葉をもらいに行っています」。そう笑顔を見せる右腕は続けた。「リハビリをやってきて、野球に対する準備をいろいろ学んだ。そこは自分にとって、いい時間になったのかなって。最近はちょっと感じることができるようになりました」。苦しい時間さえも糧に変え、充実した表情を浮かべた。
改めて誓った”恩返し”
2度のリハビリを乗り越え、5月30日のファーム・リーグ西武戦(タマスタ筑後)で今季初の2軍戦登板を果たした。結果は5回無失点で初勝利。その頃から、斉藤監督との会話の内容にも変化が生まれた。「2軍で投げ始めてからは、ピッチングについてもいろいろ教えてくれるようになって。『お前はどういう投手なんだ』と言われることもあって。今日は和巳さんが言ってくれたことを、少しは体現できたのかなと思います」。この日の試合前練習中にも約5分間、言葉を交わす場面があった。
2軍では2試合で14イニング無失点と好投を続けている。「基本的にはゴロピッチャーなので。本人もそれを自覚している。今日は高さやラインを間違える場面がかなり少なかった。ボールから入っても、次の球で平行カウントに持っていけたり。内容も良かったね」と、指揮官も右腕の投球を高く評価した。
1年目の昨季は、5月25日のオリックス戦(鹿児島)で1軍デビュー。しかし、1回を4安打3失点と結果を残せず、1軍登板はこの1試合に終わった。その後、ファームでは6月から先発へ転向したものの、24試合で3勝5敗、防御率4.52とプロの壁にぶつかった。「去年は1年間戦える体力すらなかったので。今年は大学を卒業して2年目。『チームの力になりたい、1軍で活躍したい』という思いは本当に強いです」。
完封勝利にも浮かれることはない。「まだ2軍で抑えたくらいなので。やっぱり1軍で抑えてなんぼだし、もっと詰めていくところもあると思います」。リハビリ中は、「何とか和巳さんの下で投げたい。結果を出したい」と何度も口にしていた。しかし、今見据える目標はさらに高い。「ここ(2軍)じゃなくて、1軍の舞台で勝つことが本当の恩返しだと思うので。そこを目指して頑張りたいです」。苦しい時間を糧に、岩崎峻典のプロ2年目が動き出した。
(森大樹 / Daiki Mori)