井崎燦志郎が浮かべた涙 自己最速155キロを計測した夜…親友の初登板に堪えた思い「選手じゃなければ」

3軍戦で自己最速155キロを記録した

 ホークスの将来を背負う育成選手に焦点を当てた新コーナー「未来の推し鷹」。今回は井崎燦志郎投手の登場です。県内屈指の進学校・福岡高から2021年育成ドラフト3位で入団した右腕。5月13日の3軍戦では自己最速の155キロを記録し、支配下登録に向けてアピールを続けています。その登板の夜、2学年下の藤原大翔投手がプロ初登板。明かした胸の内と、溢れた涙の理由に迫ります。

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 度重なる怪我に苦しんだ4年目の昨季。4月5日のハヤテベンチャーズ戦(タマスタ筑後)で2軍初登板を果たし、幸先の良いスタートを切ったが、6月に腰椎分離症で離脱。10月の「みやざきフェニックス・リーグ」で復帰を果たしたが、登板直後に右肩痛を発症し、再びリハビリ組へ合流した。今春のキャンプもリハビリに大半を費やし、3月にようやく実戦復帰にこぎつけた。

「ここから巻き返せるように」。並々ならぬ覚悟で今シーズンに臨んでいる。登板を重ねる中で、5月13日の愛媛マンダリンパイレーツとの3軍戦(タマスタ筑後)で自己最速を更新する155キロを記録した。「いやもっと出ると思います」と自信をのぞかせる。そんな井崎の口から出たのは、支配下登録を勝ち取った右腕の名前。“一つの基準”をクリアしたからこそ、意識するものがあった。

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この先で分かる3つのこと

度重なる怪我を乗り越え、3軍戦で自己最速155キロを記録!
地道なリハビリと投球フォームの再構築で掴んだ確かな手応え
親友・藤原大翔の1軍初登板に「負けない」という決意

「まずは2軍に呼んでもらわないといけない。これが今、僕が一番目立つ方法なので。成長をわかりやすく、周りに気付かせるというか。(藤原)大翔もそれくらいを出していて、自分の中で1つの目標としていた大台でした。155キロを出してから、体が球速の出し方を覚えて、リミッターが1つ解除された感覚があります」

 4月に支配下登録された大竹風雅投手も、春季キャンプで155キロを記録したことが首脳陣の目に留まるきっかけとなった。「ビッグマウスなわけじゃないですけど、自分的にはもっと出ると思うんです。ブルペンでも152キロくらい出ていて、『え、こんなに出るの?』ってなりました」。課題の制球を改善しながら、リハビリ期間から常に球速にこだわってきた。

 リハビリ期間はウエートメニューを重点的にこなした。その結果、筋肉量が増えて体脂肪は約2%減少。「体の感覚もすごく良くて、シンプルにイメージしていたフォームを体現できるようになってきた」と手応えを口にする。筑後の室内練習場では、前田純投手や松本晴投手ら支配下を勝ち取った先輩たちにも積極的にアドバイスを求めた。

「意識していることを毎日iPadのメモに書いています。今日はどういう意識でやってダメだったか。感覚が良かった日とそうでなかった日を、一つひとつメモしています。ダメな時に立ち返る場所があるのは、大きいです」。焦りもあった中、復帰過程で投球フォームの再構築にじっくりと時間をかけた。

見届けた藤原の1軍初登板「負けないように」

 5月13日の3軍戦が終わると、その足で藤原のプロ初登板を見届けるため、みずほPayPayドームへ向かった。藤原とは入団時から3軍で長い時間を共に過ごし、2つ年下ながら親友のような存在だ。支配下が決まった直後には、電話で報告を受けた。

「家にいる時に連絡をもらったんですけど、もう目がウルウルして『うわ、やばい……』ってなりました。本当はライバルとして『悔しい』と思わないといけないんですけど、ただただ嬉しくて。去年も僕と一緒に大乱調していたんですよ。『連絡くれて良いやつだな、頑張ってきたもんな』とか思いながら。試合中も僕が選手じゃなかったら大号泣していたと思います」

 藤原の登場曲「田園」が球場に流れると、胸が震えた。それでも、藤原が降板すると猛烈な悔しさがこみ上げてきた。「先行かれちゃったんですけど、大翔に負けないように」。親友の晴れ舞台は、何よりの刺激となった。

 5月19日からは3軍の韓国遠征に参加した。今季は同学年の大卒選手も入団してきた。「もっと頑張らなきゃいけない。去年は4年間で一番『何してるんだろう』っていう1年だったので。今年ダメなら……という思いでやっています」。親友から受けた刺激、そして悔しさを乗り越えて井崎燦志郎は支配下登録への切符を掴みに行く。

(森大樹 / Daiki Mori)

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