届かなかった初の開幕1軍…秋広優人の“本音” 降格の夜、山川穂高との食事でかけられた「言葉」

秋広優人【写真:森大樹】
秋広優人【写真:森大樹】

あと一歩で開幕2軍…秋広優人が語った本音

 失意の夜を乗り越え、秋広優人内野手は再び前を向いた――。春季キャンプから改良した打撃フォームで強烈な打球を連発し、オープン戦では、チームトップの3本塁打を放った。それでも届かなかった初の開幕1軍。「正直、色々な感情がありました」。23歳は本音を吐露した。

 3月22日、オープン戦ラストとなった広島戦(マツダスタジアム)の試合後に監督室で2軍行きを告げられた。降格の理由について、小久保裕紀監督は「後ろ(試合途中)から行く選手じゃないので。(誰かが)故障や病気の時にパンと入れるように、今はファームでやらせておくという(判断)」と説明した。

 降格を告げられた直後に秋広は球場の出口に姿を現すと、何も語ることなくバスに乗り込んだ。その夜、昨年の日本シリーズ直後から自主トレを共にしてきた山川穂高内野手と食事へ――。約4か月間、背中を見続けてきた師匠からかけられた言葉があった。

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続きの内容は

師匠・山川穂高が授けた、降格の夜を救った「究極の助言」
巨人時代との決別。秋広が「今までで一番」と断言した切り替えの真相
小久保監督が降格時に送った、期待の裏返しの「ある助言」

「悔しい思いもあると思うけど、野球選手として長い目で見れば、この時期に1軍にいるかいないかはそこまで重要じゃない。1軍でなかなか打席に立てないよりも、自主トレ、キャンプからやってきたことをファームで続けて、アプローチの仕方を試合の打席でやった方がお前のレベルアップに繋がるんじゃないか」

 秋広が「初めてここまで変えずにできた。それが一番の収穫」と振り返るこの約4か月間の取り組み。仮に1軍の選手として途中出場を待つ日々を送ったとしても、練習を続けることはできる。だが実戦の打席を積み重ねてこそ、打撃は“自分のもの”になる。オフから変化を見続けてきた山川だからこそ、先を見据えた言葉を掛けた。

「気持ちを切り替えられた言葉でもありますし、自分の中で同じような考え方もあったので。今までで一番切り替えられているシーズンなのかなと思います。1軍にいつ呼ばれてもいいようにしっかり準備したいなと思います」。師匠からの言葉は、降格直後の23歳の心を大きく支えた。

感じた手応え「やっぱりそれが一番大きい」

 もちろん降格を告げられた直後には悔しさもあった。「正直色々な感情がありました。悔しい思いもありましたし、しょうがないというか。監督から言われた言葉も、マイナスな言葉ではなかったので。この期間は絶対無駄にならないと思っています」と冷静に振り返った。

 自主トレから一貫して「やることを変えない」と強い意志を持って取り組んできた。巨人時代は結果が出なければフォームを変えることの繰り返しだった。「どうしても一喜一憂しちゃっていたので。今年は続けることができた。やっぱりそれが一番大きいです」。

 一方で「自分がもっともっと打っていれば、違った話なので」とも口にする。チーム最多の3本塁打を放ったが、オープン戦終盤は当たりが止まり、打率は.222に終わった。ベンチには中村晃外野手、野村勇内野手、川瀬晃内野手といった実力者が控える。「すごい選手がいっぱいいるので」。巨人からトレード移籍して約1年。層の厚さを十分に理解していた。

「とにかく切り替えて。“変えない”のはもちろんですけど、今年は打率もホームランもしっかりと求めてやっていきたいと思います」。小久保監督からも「いつでも(1軍で)いける準備を」と伝えられた。師匠や指揮官の言葉を胸に、秋広優人は先を見据えていた。

(森大樹 / Daiki Mori)