揺れる視界も…ほぼ無休で練習 脳挫傷から1年3か月、生海が戦う“もう1つ”の敵

約1年3か月ぶりに屋外でフリー打撃を行う生海【写真:上杉あずさ】
約1年3か月ぶりに屋外でフリー打撃を行う生海【写真:上杉あずさ】

2月20日にタマスタ筑後でフリー打撃…いきなり見せた柵越え

 大きな一歩に笑顔がはじけた。「今は悩むことすら嬉しい」という言葉に、野球ができる幸せが詰まっている。一歩ずつ実戦復帰を目指す生海外野手が、約1年3か月ぶりに屋外でフリー打撃を行った。久々の柵越えの感触を噛み締めると、自らの“近況”を打ち明けた。

 昨年1月、球団施設内での自主トレ中に打球が直撃。「左側頭葉脳挫傷」と診断され、長いリハビリ生活を送ってきた。ファーム施設「HAWKSベースボールパーク筑後」に“通勤”することさえできない時期もあった。体調が優れない日も多く、復帰への道のりは簡単ではなかったが、昨秋から少しずつ体を動かせるようになってきた。

 一進一退を繰り返しながらも、ここまで精力的に汗を流している。今春のキャンプでは休日も返上し、毎日のように筑後に足を運び、バットを振ってきた。そして、2月20日。待望の屋外フリー打撃“当日”を迎えた。太陽の下、打球を飛ばすのは1年目の秋季練習以来だ。準備の段階から、すでに笑みがこぼれ「楽しみです」と思わず少年のようなワクワク感が溢れた。

 美しい青空が広がる中、生海は思いっきりバットを振った。持ち味のパンチ力を発揮するまでに時間はかからなかった。右翼の防球ネットに突き刺さる大きなアーチをかけると、「久し振り~」と声を上げ、懐かしい感触に浸った。スタンドのファンからも、温かく、大きな拍手が起こった。その後も強烈な打球を飛ばし、1年3か月ぶりとは思えぬパフォーマンスを発揮した。

「ホームラン入ったりするとやっぱり気持ちがいいですね。(屋内と違って)今、どれくらい飛んでいるかがわかるので、いいですね。今日は(本塁打)入らんかなと思っていたけど、すぐ入りましたね。3本ぐらいかな。打ててよかったです」と清々しい。「外でバッティングできるのが嬉しいし、楽しい。早く(投手と)対戦したいです。早く試合に出たいなと思いました」。大きなステップを踏めたのだから、自然と目線は次のステージに向く。姿勢も気持ちも、徐々に前のめりになってきた。

 野球ができない時期を過ごしたからこそ、今は幸せを感じている。寝る間も惜しいほど、今はバットを手放したくないという。

「オフの日も筑後に来て、自分で動いています。毎日、ちゃんとスイングしていますよ。バーンと打つだけで最高です。ストレス発散にもなりますから。もう寝るのも嫌、みたいな。バット振っている時が1番楽しいです。1年間、野球で悩むことすらできなかったので、今は悩むことすら嬉しいくらい」

中谷将大リハビリ担当コーチ(野手)に見守られながらフリー打撃を行う生海【写真:上杉あずさ】
中谷将大リハビリ担当コーチ(野手)に見守られながらフリー打撃を行う生海【写真:上杉あずさ】

 着実に前進を続ける中、日課は“160キロ打ち”だ。今春キャンプ序盤、実在する投手の球速、回転率、曲がり幅などが再現できる最新鋭マシン「トラジェクトアーク」での打撃練習を始めた。実際の投球映像も映し出されるため、実戦さながらのトレーニングを積むことができる。当初は「前からの球は怖い」と不安があったが、ステップを踏み始めていることで、自ら選んだのは“仮想・佐々木朗希”との対戦だった。

「1番速い球を見てやろうと思ったんです」。恐怖心を振り払う意味も込め、160キロ前後の球と対峙した。「最初は当たらなかったんですけど、だいぶ打てるようになりました。動体視力も落ちているって言われたのもあったので、ちょっとずつ上げていければ」といち早い復帰に向けて、ストイックに挑戦し続けている。一流投手たちの球筋は、さらに自分の意欲をかき立ててくれる。

 自身の体調ともうまく向き合っている。頭部の揺れや、視界が急に切り替わることなどで、気分が悪くなる時がある。それも後遺症の1例だというが「ちょっとずつわかるようになってきました。球が揺れて見えて、タイミングすら取れなくなる。だから、そうなってしまう直前でやめるようにしています」。屋外フリー打撃の翌日は、張り切り過ぎた影響もあり、布団から起き上がれなかったという。量や強度を調整しながら、一歩ずつ前進中だ。

 中谷将大リハビリ担当コーチ(野手)も「前例がない箇所なので、焦らせないように。本人は早く復帰したいと思ってやっていると思いますけどね。本当に向上心があるし、常にバッティングのことを考えています」と、日々の取り組みを見つめる。生海も「絶好調っていうようにしています。今は、1軍で打ってやるとしか思っていないので。とにかく活躍がしたいです。無理しすぎないように頑張ります」と今後を見据えた。今できている全ては、決して当たり前ではない――。幸せを噛み締める生海は、もう前しか見ていない。

(上杉あずさ / Azusa Uesugi)