1点を追う8回無死一塁から代走で出場
重圧がかかるグラウンドに、颯爽と飛び出していく。開幕から1軍帯同を続けてきても、緊張感を味わう場面。冷静でいられたのは準備の賜物だった。「いつも通りにプレーはできたのかなと思います」。こう汗を拭いながら振り返ったのは、川村友斗外野手だ。
完封負けを喫した23日のオリックス戦(みずほPayPayドーム)。相手先発・曽谷に苦しめられ、スコアボードにはゼロが並んでいた。1点を追いかける8回無死、先頭の今宮健太内野手が中前打で出塁すると、ベンチが代走として送り出したのが川村だった。本塁を踏むことはできなかったが、三塁まで到達。首脳陣の期待に応えようと、自らの役割に全力を尽くした瞬間だった。
これが今季82試合目の出場。守備固めとしてグラウンドに出ていくことが多く、代走として出番を得たのはこれが30試合目だった。「もう終盤でしたし、健太さんが出たら『行くぞ』と言われていたので、準備はしていました」。任されたのは、勝敗を左右する重要な走者。大歓声が包んだグラウンドで、抱いた思いは「それどころじゃないんです」――。中村晃内野手の姿に受けた静かな刺激、そして自分自身の失敗を糧にして繰り返した、泥臭い準備に迫る。
会員になると続きをご覧いただけます
この先で分かる3つのこと
大歓声の“ど真ん中”で冷静に…代走・川村友斗が巡らせた思考
川村友斗が中村晃の姿に感じた違和感「本当に今年で…」
失敗をそのままにしない…試合前に重ねた泥臭いバント練習
“ここ一番”の場面で託された代走「冷静に」
「去年までは緒方(理貢)さん、(野村)勇さん、庄子(雄大)がいくようなところ。僕がいかせてもらって緊張感はもちろんあるんですけど、走塁でも守りに入っていたら点は取れないと思うので。いい緊張をしながらも、冷静にできたかなと思います」
代走として多くの出場機会を得ていた庄子雄大内野手はこの日は「9番・遊撃」でスタメン出場。過去を遡っても、重圧がかかる“ここ一番”の場面は先輩たちが託されることが多かった。「1点を追う8回無死一塁」という状況についても「同点のランナーだったので、牽制やバントの空振り、いろんな可能性を頭に入れていました。リードも、ピッチャーがモーションに入ってから大きく取れば問題ない。転がったら全力で走るだけでした」。地に足をつけながら、1つでも先の塁を目指していた。
犠打で二塁へ進むと、球場全体を揺らす地鳴りのような大歓声が川村の耳に届いた。告げられた「代打・中村晃」。7月3日に今季限りでの現役引退を表明して以降、初めての打席。帰ってきた背番号7の姿に、本拠地のボルテージは高まっていた。しかし、その“ど真ん中”にいた川村は、至って冷静だった。
「歓声がすごかったとかは、正直覚えていないです。大事なランナーでしたし『それどころじゃない』くらいでした。二塁までいったら外野がどれだけ前まで来ているか確認したり、ベンチのサインも見ないといけなかったので」
6月9日に登録を抹消されてから、2か月半ぶりに1軍昇格を果たした中村晃。淡々と準備をする姿には、川村も思わず“違和感”を抱くほどだった。「『この人、本当に今年で引退するのかな』と思うくらい、試合前もすごくいつも通りなんですよ。『お願いします』と挨拶もしました。いつもそうなんですけど、晃さんがいるだけで『ちゃんとやらないとな』となっている自分がいましたね」。週末のデーゲームでも、誰よりも早く球場入りする。どんな時も変わらない大先輩から、改めて刺激を受けていた。
試合前には3度のバント練習「練習しないと成功しない」
三塁に到達しても冷静さは変わらず、周囲を見渡した。相手バッテリーの暴投でも同点になる場面。「正木(智也)の時はサードがすごく下がっていましたし、フォークで少しでも弾いたら『行くぞ』と思っていました。アウトにならないことも大事ですけど、そこで“攻める”ことも必要だと」。ワンバウンドは1球もなかったが、隙を狙う姿勢だけは忘れなかった。チームの勝利はもちろん、アピールする気持ちを抱いていたのも川村らしさだ。
忘れてはいけない“ミス”があった。20日の日本ハム戦(エスコンフィールド)、延長11回無死一塁という状況で途中出場の川村に打席が回ってきた。バントを試みたがファウルとなり、結果は右飛。走者を進めるという役割を果たせなかった。2026年の28打席目。「今シーズン初めてバントのサインが出た。自分の中では絶対に決められると思っていましたし『最悪スリーバントでも』と腹は括っていたので。成功させられなかったのは、練習するしかないです」。
自信はあった――。その言葉に、偽りはない。福岡に戻って迎えた、この日のオリックス戦。試合前練習で、川村は3度もバント練習を行なった。打撃マシンだけではなく、本多雄一内野守備走塁兼作戦コーチに投手役を務めてもらうなど、少しでも時間があれば、バットを横に寝かせ、準備を繰り返した。「失敗したのは必ず理由があるし、練習しないと成功しないので」。結果を真っすぐに受け止めて、やるべきことは絶対に怠らない。そんな思いが、27歳の姿からも熱く滲み出ている。
代走、守備固め、犠打……。派手ではないかもしれないが、求められている役割が勝敗を左右する。球場を後にする際、深く息を吐きながらこう漏らした。「緊張しましたね」。
パ・リーグ3連覇を目指す道のりも、いよいよ終盤。川村友斗も、チームに欠かせない大切なピースだ。
(竹村岳 / Gaku Takemura)