山本祐大が明かした骨折の“瞬間” 移籍から25日で無念の離脱…示した自負「隠していたわけではない」

タマスタ筑後でリハビリを再開させた山本祐大【写真:竹村岳】
タマスタ筑後でリハビリを再開させた山本祐大【写真:竹村岳】

21日からリハビリ組に合流…本人が語った思い

 静かに、そして力強く復帰へと歩み始めた。左手の手術を終えた山本祐大捕手が21日、タマスタ筑後のリハビリ組に合流。ネットスローや右手を使ってのティー打撃など、練習を再開した。無念の離脱から時間が過ぎ、本人が明かしたのは「怪我を隠してやっていたわけではないので」。その言葉に滲むのは、万全な準備を重ねていたプロとしての“自負”でもあった。

 5月12日、トレードでDeNAからホークスに移籍。14試合に出場して打率.349、2本塁打、9打点とさっそく結果を残し、存在感を示してみせた。しかし6月6日に登録を抹消されると、12日には「左手有鉤骨鉤摘出術」を受けたことが発表された。競技復帰までは「2か月から3か月」とされ、もう1度グラウンドに戻るために今はリハビリに集中することになった。

 トレードが発表されてから登録抹消まで、わずか25日という期間だった。リハビリ組から再出発することになった山本祐が語ったのは、「骨折の瞬間」だ。離脱を覚悟したのは、試合中に喫したある「空振り」だったという。

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この先で分かる3つのこと

離脱を覚悟した瞬間は試合中の“空振り”
移籍から25日での離脱「隠していたわけではない」
自らの現在地と今後のめど「スムーズにいけば…」

6月3日の中日戦…第2打席の初球で空振り「多分そこ」

「ドラゴンズとの初戦(6月2日)ですね。自分は(試合に)出ていなかったんですけど、バッティング練習中に(違和感があった)。それまではなんともなかったんですけど。それで2試合目(3日)の2打席目ですかね。初球を空振りした時……多分そこだと思います」

 はじめに痛みを感じたのは、2日の打撃練習中だったという。そして、3日の中日戦(バンテリンドームナゴヤ)でスタメン出場すると、4回1死一塁という状況で、低めの変化球を空振りした。違和感が確信に変わったのが、この瞬間だ。最後は6球目に手を出すことなく見逃し三振。「途中で代わってしまったので、最後まで出続けたかったですけどね。痛みには強い方だとは思っていたんですけど、もう少し“訓練”が必要かなと思います」。笑みも交えて振り返ったが、我慢できないほどの痛みだったのは間違いない。

 突然のトレード移籍ではあったが、誰よりも強い覚悟を胸にグラウンドに立ち続けていた背番号39。強烈なインパクトを刻んだ一方で、当然無念さも残る。「体は万全でしたし、怪我を隠してやっていたわけでもないので。まさか怪我をするとは思っていなかったです」。真剣な表情でそう言い切ったのは、オフシーズンから徹底した準備を重ねてきた自負があるからだ。

「僕は毎年、1年間1軍で戦い続けられるように練習もやってきていますし、自主トレ中から体も追い込んでやっている。怪我での離脱というのは自分にとっても一番ありえないというか、“許されないこと”だと思っているので。すごく悔しかったんですけど、今は怪我を治して早く野球ができるように。一刻も早く戻りたい気持ちはありますし、チームのためにもっと貢献できるようにと考えています」

右手でティー打撃する山本祐大【写真:竹村岳】
右手でティー打撃する山本祐大【写真:竹村岳】

今だから明かせる激痛「左手で何かを持つのも」

 チーム内でも栗原陵矢内野手や、川村友斗外野手らが同じ骨折を経験している。山本祐も「めちゃくちゃ痛かったですよ。最後は左手で何かをするのも、何かを持つのも痛かった。でも、僕の場合は全部が折れていたわけではないので」と明かす。小久保裕紀監督も「そんなにかからないんじゃないか」とめどを語っていた。勝負の秋に背番号39の力は間違いなく必要だが、甘い世界ではないことも本人は深く理解している。

「スムーズにいけば早いとは思うんですけど、実戦復帰ができても1軍に戻るわけではない。なんとかパフォーマンスを上げて、1軍に戻れる準備というか。日に日に良くもなっていますし、強度を上げながらやっていきます。まだ両手では打てないですし、まずはバッティング練習ができるように、ですね。実戦に近いところまで上げていけたらと思います」

 慎重さを忘れることなく、できる限り“最短”での復帰を目指す。「違和感は残るかもしれないですけど、怪我をしてしまった以上、付き合いながらやるしかないです」。気持ちを切り替え、未来を見据える表情には、また新しい覚悟が宿っていた。

(竹村岳 / Gaku Takemura)