激痛が走った朝の記憶…リハビリ中、刺激になった同期の存在
選手の知られざる素顔や本音に迫る連載「鷹フルnote」。今回は、トップバッターに定着している正木智也外野手が登場します。3月に右足の蜂窩(ほうか)織炎で手術を受け、リハビリに時間を費やした背番号「31」。離脱前日、満身創痍の状態で、オープン戦1号となる3ランを放っていました。今だから明かす壮絶な朝の記憶――。そして、2年連続のリハビリにもどかしさを感じる中、刺激を受けた“親友”の存在も明かしてくれました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さかのぼること3か月前、3月17日に行われた中日とのオープン戦(みずほPayPayドーム)。足に痛みを抱えながらも強行出場し、右翼席へ豪快な逆転3ランを放った。しかし、翌18日に病院を受診し、そのまま入院。患部の膿を取り除く切開手術を受けた。約1か月半のリハビリを経て、5月15日に1軍復帰を果たすと、そこから29試合に出場して打率.307、20打点。すでに自己最多タイの7本塁打という活躍を見せている。
「めちゃくちゃ地獄でした」――。待望のオープン戦1号を放った一日は、起き上がれないほどの激痛から始まっていた。強行出場の裏で抱えていた壮絶な思い。そして迎えたリハビリを支えたのは「すごいな」と口にした同期の存在だった。1軍復帰直後の一戦で、アウトになりながらも思わず笑みが溢れたワケとはーー。
会員になると続きをご覧いただけます
この先で分かる3つのこと
朝、起き上がれなかった正木を襲った、衝撃的な激痛の全貌
痛みを和らげるため、靴の中に施していた「異例の細工」
ライバルに打球を捕られ、思わずニヤリと笑った「真相」
「前の週の土日がDeNA戦で、その前日の移動日からちょっと『足痛いな』とは思っていたんです。最初は『(革靴の)革が合わないのかな』くらいの痛みだったので土曜日はスタメンで出ましたけど、正直あの時はあんな風になるとは思っていなかったです。筋肉系の何かかなと思って、冷やして湿布を貼ったんですけど、痛みが出た次の朝はもっと痛くて。日曜日は代打だけだったので『オフを挟めば治るかな』くらいの気持ちでいたんです」
3月13日の金曜日、チームは福岡から横浜に移動。週末にDeNA戦を戦ったが、身体を襲う激痛は日を追うごとに大きくなっていた。
痛みが出た段階でトレーナーにも報告。小久保裕紀監督も離脱後に「試合に出られるような状態ではなかった」と説明するほどの容態だったが、正木は自ら「出ます」と出場の意思をはっきり口にした。右足を引きずりながら連日球場を後にする日々――。靴の中にはスポンジのインソールを入れ、右足の痛む箇所に穴を開けるなど、少しでも痛みを和らげられるように工夫を凝らしていた。
「歩きづらいし、痛み止めも飲みながらやっていたんですけど、めっちゃ痛かったです。水曜日の朝に病院へ行くことは決まっていたので、それまでは頑張ろうと思っていました」。そんな状態で迎えたオフ明けの火曜日の朝。もう限界だった。
「起き上がれなかったですね。立ち上がって、足を下にするとめちゃくちゃ痛いんですよ。たぶん血が巡って痛むんだと思うんですけど……。寝ている時は少し楽なんですけど、足を床につけていなくても、下にしただけで激痛で、外に出るだけでもめちゃくちゃ地獄でした」
開幕スタメンを目指す26歳の意志は、それでも揺らがなかった。17日の中日戦に強行出場。前日までオープン戦打率.188ともがき苦しんでいた正木にとって、1軍生き残りを懸けた大事な1試合だった。そこでついに1号3ランを放ったものの、一夜明けた18日に病院へ。「右足の蜂窩織炎」と診断され、リハビリ組への移行が決まった。
「最初は『うわ、なんで今年もこんな風に(リハビリ組に)なるんだよ……』と思いました。でも怪我じゃなくて病気なので。『ついていないな』とは思いましたけど、やってしまったからには早く治して、トレーニングして成長して戻るしかない。そう思ってやっていましたね」
「本当に良い関係性です」
筑後でのリハビリ中は、トラジェクトアーク(最新鋭の打撃マシン)を相手にバットを振り続けた。実戦から1か月以上離れたものの、ファーム調整はわずか6試合。1軍昇格後は結果を残し続けている。「2軍に復帰してから試合勘を養うのでは遅いと思ったので。打てるようになってからは、ずっとトラジェクトを打っていました」。走れるようになるまでは上半身の筋力強化に時間を費やし、よりパワーアップした姿で戻ってきた。
復帰まで約1か月半を要したリハビリ期間。テレビ越しに試合を観戦する中で刺激を受けたのが、慶大時代の同期でオリックス・渡部遼人外野手の活躍だった。4年春の大学野球選手権では、正木がMVP、渡部が首位打者に輝き、チームを34年ぶり4度目の優勝へ導いた。青春時代をともにした球友は開幕から打撃好調を維持し、センターとして試合に出続けていた。
「すごく刺激になりました。中学からずっと同じチームで、一緒に外野を守りながらやってきた。やっぱりライバルでもありましたし、『僕も頑張らないとな』と思いましたね。本当に少ないチャンスをつかんでいたので、純粋に『すごいな』と思います」
復帰直後だった5月19日のオリックス戦(京セラドーム)。5回2死、正木が放った打球は左中間へ飛んだ。これを中堅の渡部がダイビングキャッチ。長打を確信するような打球がアウトに変わった瞬間、思わずニヤリと笑みを浮かべる正木の姿が中継カメラに映っていた。「実はその2日前くらいに2人でご飯に行っていたんですよ。『センターを守っていたら気になっちゃう。絶対捕るなよ』って言っていたのに、本当に捕ったので1人で笑っちゃいました」。
オフには年末年始を利用して慶大グラウンドでともに自主トレを行うなど、大学時代と変わらず親交を深めている2人。「本当に良い関係性です。プライベートでも親友ですね」。リハビリ期間中は、チームメートだけでなく、大切な同期の存在も大きな刺激となった。
「あの期間があったからと思えるように」――。昨年は左肩の亜脱臼、そして今年は蜂窩織炎。2年続けてリハビリ生活を経験しながらも、その時間を前向きに受け止め、成長の糧に変えてきた。苦しい時間を乗り越えた先にある今の活躍は、決して偶然ではない。正木智也の飛躍は、まだ始まったばかりだ。
(森大樹 / Daiki Mori)