小久保監督が正木の昇格を明言
打線の起爆剤になるべく、背番号31が帰ってくる。右足の蜂窩(ほうか)織炎により手術を受けていた正木智也外野手が、15日の楽天戦から1軍昇格を果たす。13日の試合後、小久保裕紀監督は「正木が来るので。入れ替わると思います」と、笹川吉康外野手との入れ替えを明言した。
さかのぼること3月17日の中日とのオープン戦(みずほPayPayドーム)。すでに足に痛みを抱えながらも強行出場し、豪快な逆転3ランを右翼に放った正木だったが、翌18日には病院を受診してそのまま入院。患部の膿を取り除く切開手術を受け、リハビリを経て約2か月ぶりに1軍の舞台へと戻ってくる。復帰までの日々を「思ったより長かったです」と、振り返るが、その表情からは待ち望んだ舞台で戦う準備がすっかり整っていることがうかがえた。
4日のオリックス戦で2軍に復帰し、6試合に出場して打率.263をマーク。正木にとって“ようやく”訪れた今季の開幕だった。1軍を離れてメスを入れ、昇格の知らせを受け取るまでの間、背番号31はどのような思いで過ごしていたのか。思い描いていたよりも大幅に遅れた合流となったが、昨年の長期離脱とは違うアプローチで静かにその時を待っていた。
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この先で分かる3つのこと
正木智也がこぼした“想定外”…「ショックでした」
早期復帰を阻んだ落とし穴。リハビリを長引かせた要因
昨季とは真逆の手法。正木が自信を深めた「毎日の特訓」
「だいぶ長かったです……。薬で治ると思っていて、切開するとも思っていなかったので。結構かかっちゃいました」
離脱当時の心境を尋ねると、少し悔しさを押し殺すようにそう明かした。当初は「1週間ぐらいで治って、そこからリハビリのイメージ」と早期復帰の青写真を描いていた。しかし、事態は正木の想定を超えていた。切開手術を告げられた当時を「ショックでした」と振り返り、「切開しても、こんなに時間がかかると思っていませんでした」と素直な心情を吐露する。
「他の箇所だったら、すぐに傷口が閉じなくてもできたと思うんですけど、足の裏だったので……」。全体重を支える部位であるため、傷が完全に塞がるまで激しい運動ができなかった。
昨年とは違ったリハビリ期間のアプローチ
それでも正木は立ち止まらなかった。「ケガしているときは何もできなかったんですけど、できることというか、足を使わないトレーニングだったりとかはちゃんとできました」。動きが制限される中でも、1軍だけを見据えて汗を流してきた。昨季は左肩亜脱臼によるバンガート手術を受け、長期離脱を余儀なくされた。その際のリハビリ期間では「筋肥大」をメーンに取り組んだが、今回は明確にアプローチを変えた。「今回はスピード系とかを結構入れてやっていました」と、早期復帰を見越し、動きにキレを出すためのトレーニングを重ねてきたという。
実戦から遠ざかる不安を払拭するため、頼りにしたのが最新鋭のピッチングマシン「トラジェクトアーク」だった。「(傷口が)治ってからもトラジェクトをめっちゃ打っていたので、試合にもスッと入れましたし、試合勘みたいなものは失わないように過ごせたと思います」。もどかしさを抱えながらも黙々とバットを振り続けた時間が、ブランクを埋める土台となっていた。
「できないことがある中でも、やれることはちゃんとやれていたリハビリだった」。そう振り返る言葉には確かな自信がにじむ。怪我の不運を嘆くこともなく、黙々と前を向いて取り組んできた証だ。1軍復帰に関しても「6試合しか出ていないですけど、その前から本当に毎日トラジェクトを打ってきた。試合勘的なものは大丈夫です」と、迷うことなく力強く頷いた。躍動するための手応えはすでにある。
チームは西武に連敗し、現時点ではリーグ3位と不本意な戦いが続いている。指揮官が「乗り切れないですね」と、こぼす現状にあって、正木にかかる起爆剤としての期待は極めて大きい。苦悩と焦りの2か月を乗り越えた26歳の眼差しには、揺るぎない自信が宿っている。
(飯田航平 / Kohei Iida)