「新しい発見があれば」託された“きっかけ”
授けたバットは期待の表れだった。廣瀬隆太内野手が関川浩一コーディネーター(野手)から受け取ったのは、1本のトルピードバット。メジャーリーグでも話題を集めた“魚雷バット”と呼ばれるものだ。経緯を廣瀬に聞いても「なんで僕にくれたのかわからないです」と、少し不思議そうな表情を見せた。
関川コーディネーターは、顔を合わせれば必ず話をする間柄。話題はいつも打撃のことで「『お前はもっと上のレベルを目指せ』と言われます。いつもそれしか言われないです」と明かす廣瀬。ルーキーイヤーの昨季から、会うたびにかけられ続けている言葉だという。
なぜ関川コーディネーターは、廣瀬にそれほど期待をかけるのか。今回手渡したバットには、どんな狙いがあるのだろうか――。その明確な意図と、未来のホークスを担うであろう背番号33への期待に迫る。
「彼のタイプに合うんじゃないかと思ってね。ただ、『これを使え』というわけではありません。もし興味を持って使いたいと思えば使えばいいし、合わなければそれでもいい。たまに違うバットで打つと、感覚を呼び覚ますきっかけにもなりますからね。『これを使って新しい発見があれば』という、そんな意図です」
関川コーディネーターはバットを渡した理由をそう明かす。授けたものは重心が手元に近く、操作性が高いのが特徴。実際の重さよりは軽く感じ、体の近くでバットを操れるメリットがあるという。「もちろんバランスの感覚は人それぞれですが、色々なものを試す価値はあると思います」と、あくまで打力向上の“きっかけ”にしてほしいと願う。
「それだけのポテンシャルがありますから。彼はスケールの大きな選手になる可能性を秘めている。あれだけ強く振れる選手はやはり魅力です。もちろん他の選手にも同じように声をかけますが、侍ジャパンにも選ばれていますし、期待せずにはいられません。私はただ、廣瀬を励ますだけですよ」
“迷い”の正体…「こぢんまりするには早い」
2年目の今季は25試合に出場し、打率.241、1本塁打の成績。5月15日に登録を抹消されて以降、2軍暮らしが続いている。「思うようにいかない」と珍しく弱音を吐くなど、壁に直面しているところだ。だが、関川コーディネーターの見解は少し違う。
「とんでもない! 去年だって、もっと怖いもの知らずでいくかと思えば、シーズン序盤から小さくまとまっていた。もったいないですよ。まだプロ1、2年目の選手が怖さを知るなんて早すぎます。どんどん前に突き進んで、壁にぶつかって、ぶち壊していくような選手になってほしい。こぢんまりするにはまだ早いですよ」とエールを送る。
廣瀬の現状を“迷い”と見るのではなく、「彼なりに色々考えているんでしょう」と尊重する。だからこそ、伝える言葉もシンプル。「持ち味や目標を再確認させるようにしています。『お前の目標は何だ。そうだよな? じゃあブレるな』って。それしか言わないです」。求める姿は明確だ。
手渡された1本のバットに込める期待は大きい。伸び悩む若き大砲候補への道標であり、揺るぎない信頼の証だ。「ブレるな」という力強いエール。廣瀬がそのポテンシャルを発揮する日を、チームもファンも待ち望んでいる。
(飯田航平 / Kohei Iida)