突然始まったドラフト1位右腕2人の対話
同じドラ1として伝えたい思いがあった。5月下旬、タマスタ筑後の室内練習場に「特別な時間」が流れた。2011年ドラフト1位の武田翔太投手と、2024年ドラフト1位の村上泰斗投手。2人の濃密な会話は30分が過ぎても途切れなかった。
このやり取りを見守っていた人物がいた。現在、村上を指導する大越基4軍監督は「チャンスだと思いました。自分が伝えるよりも現役選手から言われるほうがいい」と、この時間が必ず村上のためになると感じていた。
高卒1年目で8勝を挙げ、若くして才能を開花させた先輩から、未来を嘱望される次代のエース候補へ。それでもこの会話の中身を、指揮官は「今は村上には、まだわからないと思います」と語る。ドラ1の先輩が伝えた言葉とは--。
「キャッチャーの配球通りに投げるばかりじゃないよ。お前が組み立ててやるんだ」
武田が伝えたのは、すべてを捕手任せにするのではなく、自分の中で意図を持って投げるという考え方の話だった。
「ただ投げるだけじゃダメだよと。キャッチャーに任せるのではなく、自分の中でその場のシチュエーションを理解し、意図を持って、次に何を投げるのか考える必要がある。2軍、3軍にいる今のうちにしかできないことがたくさんある」。武田は会話の中身を振り返った。
そして、いわゆる“撒き餌”の考え方にも話が及んだ。大差がついた場面など、勝敗に関係ない打席ではあえて相手の得意なコースに投げて油断させ、延長戦や競った場面で満を持して苦手なコースを厳しく突く、といった高度な駆け引きだ。
その話を聞く18歳の姿を、大越監督は笑いながら振り返る。「『は?』って顔してましたね。でも話をしたことは、1軍で投げるようになったり、経験を積んでいく上で『あの時に話したことがこれだ』と絶対にわかることなんです。今はわからないかもしれないけど、ものすごく大事なんです」。
王会長、小久保監督と「一緒の内容を言っている」
武田の言葉の“深さ”を、大越監督が実感した瞬間があった。王貞治球団会長の誕生日会に小久保裕紀監督や城島健司チーフベースボールオフィサー(CBO)らが参加し、野球談議に花が咲いたという。
球史に残る大打者たちが語っていたのは「良いバッターは、球種を見極めて打つ。でもたまたま振ったところにボールが来て打つ偶然のバッターもいる。そういう選手はアベレージも残らないし、長くやっていけない」という話だった。武田と村上の会話を聞いている際、大越監督の頭にはこのやり取りがよぎったという。
「武田投手はやっぱりすごいなと思いました。王会長や小久保監督が話していたことと一緒の内容を言っていると。自分の中でもしっかりと考えて配球をしているのが、勝てるピッチャー。村上はそれを教わったんですよ」
「あの子はできる」大越4軍監督が絶賛した村上の素質
どれだけ良い教材があっても、活かすかどうかは本人次第である。それでも大越監督は「あの子はできる」と、村上のポテンシャルを信じて疑わない。
「指先が器用なんですよ。プロ向き。剛速球を投げるだけじゃない、変化球がいいんです。出し入れや配球、色々な計算をして投げたら長く勝てるピッチャーになれる」。だからこそ貴重すぎる金言だった。
武田も「たまたまそういう話になっただけ」としつつ、「考えながら投球する。そういうのを習慣づけてできればいい」と18歳右腕の将来を思う一人だ。村上の投球については「見ていますよ。楽しみですね。後半、1軍で投げられたらいい」と、確かな期待を口にした。
村上が目指す“エース”の姿は明確だ。「自分のピッチングで流れを持って来ることができる。そういうのがエースという存在だと思う」。今はわからないけれど、いつかわかる。受け取った金言の意味を実感する日は、きっとそう遠くないだろう。
(森大樹 / Daiki Mori)