ミス直後の渾身打 中村晃の一振り…首脳陣が「物を言う選手じゃない」と語る“真意”

中村晃【写真:古川剛伊】
中村晃【写真:古川剛伊】

小久保監督が反省点に挙げた6回のバント指示

 失敗した後の姿に、人の真価は表れる。そんな教訓をベテランが体現した。「反省は試合が終わってから、というのを若い選手に見せてくれているので」。首脳陣が全幅の信頼を置く存在こそ、18年目の35歳、中村晃外野手だ。

 6回無死一、二塁で送りバントを失敗(結果は三振)した男に、再びチャンスが回ってきた。1点を勝ち越された直後の8回無死二塁。ベンチから出たサインは「打て」だった。DeNAが誇る「勝利の方程式」の一角、ウイックが投じた初球の真っすぐを一振りで仕留めた。右前に打球を運んで好機を拡大すると、チームはその後、一気に2得点で逆転に成功。大きな意味を持つベテランの一打となった。

 試合後、小久保裕紀監督はホッとした様子でこう振り返った。「きょうは僕の勝利への“焦り”をカバーしてくれたのが選手たちですね。6回の場面は僕にとって反省点です」。中村へのスリーバントの指示に言及しつつ、その後の打席で見せたベテランの姿に称賛を送った。チームを、そして指揮官を救った一打を、本人と奈良原浩ヘッドコーチの言葉から振り返る。

奈良原ヘッドコーチ「若い選手は見てほしい」

「とりあえず打てのサインが出たので。勝ちパターンのピッチャーだったし、甘い球もそうそう来ないだろうと思っていた。球も速いので、真っすぐをしっかり打ち返せればなと思って打席に入りました」

 言葉の通り、初球の真っすぐをはじき返した中村。2打席連続で送りバントのサインが出ることはよぎらなかったのかと聞くと、「もちろんありました」と認めた。そんな中でもしっかりと頭を切り替えた。「吹っ切れたとか、取り返そうという思いではなかったです。とにかく思い切っていこうと。それだけでした」。プロ18年間、6000を超える打席に立ってきた男だからこそできる、切り替えだった。

「もちろんバントが成功するに越したことはないけど、その後にきっちりと自分の仕事を遂行する。そこが彼のすごいところですよね。、反省は試合が終わってからというのを背中で見せてくれている。そういうところを若い選手は見てほしいなと思いますよね」。中村の一打を評価した奈良原ヘッドコーチが語ったのは、普段の練習姿勢だった。

代打起用中心でも欠かさなかったルーティン

「試合前練習でも毎日、バントを念入りに確認している。普段からそんなにサインが出るバッターじゃないにもかかわらずです。サインが出た時のために、という練習を怠っている姿を見たことがないので。それは4番を任されている時であろうが、ベンチスタートが続いている時であろうが、本当にやることが変わらない。こちらが物を言う選手ではないですよね。『後は任せた』って言うしかない」

 全体練習の中でのバント練習参加は、あくまで自主性に任されているが、中村にとっては欠かすことのないルーティンだ。代打起用が中心だった昨季も毎日守備練習に加わっていた。「本人の中でいろいろな思いがあったかもしれないけど、そんな顔は一切みせない。どうやってあの地位にたどり着いたのかというところは、いい見本になるなと思います」。奈良原ヘッドコーチの熱い口ぶりから、中村への信頼感が伝わってくる。

 打席に登場するとファンから割れんばかりの歓声を受ける中村は、自らの努力でその立ち位置をつかんできた。それでも、その姿はやはり変わらない。「またしっかりと練習して。技術がないので。次は決められるようにやれればいいなと思います」。この日のバントミスをしっかりと反省しながら帰路に就いた背番号7。生きざまが詰まった一振りだった。

(長濱幸治 / Kouji Nagahama)