渡邉陸が取った2度のタイムの“意味” 6点差の8回2死でも⋯前田純と交わした「会話」

マウンドに集まった前田純(左)と渡邉陸【写真:古川剛伊】
マウンドに集まった前田純(左)と渡邉陸【写真:古川剛伊】

快勝ゲームにあった“潮目”で取った2度のタイム

「自分の持ち味をうまく発揮できました」。25歳の誕生日を自らの白星で飾った前田純投手。その表情には自然と笑みが浮かんだ。「陸はいつも“来い”という感じで構えてくれるんですけど、きょうは特にお互いがかみ合っていたと思います」。試合後に左腕が口にしたのは、強気のリードで好投を引き出してくれた同学年の渡邉陸捕手への感謝だった。

 今季8度目の先発マウンドとなった4日の中日戦(みずほPayPayドーム)。渡邉とは6度目のコンビだった。6回1死まで相手打線をノーヒットに抑え込むなど、自己最長となる8回を投げて2安打10奪三振無失点。こちらも自己最多となる120球の熱投で“未知の壁”を乗り越え、今季2勝目を挙げた。

 結果だけを見れば8-2と快勝だったゲームだが、“潮目”は2度あった。1つは初安打を許した直後、もう1つは降板直前――。どちらのタイミングも渡邉がタイムを取り、マウンドで前田純と会話するシーンが見られた。2人の間で交わされた言葉と、その行動に込められた“意味”に迫る。

「ノーヒットピッチングが続いている中で、初めてヒットを打たれたらタイムを取る。これはこの世界に入って以来、コーチから教わってきたことだったので。一呼吸入れる感じでした」 

“ノーノーならず”でバッテリーが一番懸念したことは…

 渡邉が振り返ったのは5点リードの6回1死で上林に二塁打を許した場面だった。2球目のカーブを弾き返された打球は右翼フェンスを直撃。“ノーノー”が途切れると、すぐさまマウンドに向かった。

「ノーノーはわかってはいましたけど、(安打が出てから)自滅することだけが嫌でした。打たれたのはカウント球のカーブだったので『しゃあない、切り替えていこう』と。点が入ったわけでもなかったし、そこで割り切ることができました」。前田純の言葉通り、初安打を引きずることなく後続を打ち取ることに成功した。

 2度目のタイムは6点リードの8回2死一塁で、再び上林を迎えたシーンだった。ほぼ試合の行方は決まっていた状況で、渡邉はなぜマウンドへ向かったのか。

「打てないゾーンを攻めていこうという確認をしていました。(上林が)前の打席でヒットを打っていたこともありましたし、その前のイニングは打順の関係でしっかり話せていなかった。だからこそ、しっかりと確認しておきたかったんです」

■指揮官とのグータッチ拒否に見えた“本音”

 試合展開上、仮に上林を抑えられずに点を奪われたとしても、大勢に影響はない場面だった。それでも念入りに確認を重ねたのは、同学年バッテリーとして“1つ上のステージ”に上がりたい思いがあったからだ。

「(9回は)投げたかったです。8回の上林さんにも強くいけていたし、序盤の出力が出せていたので……」。試合後、左腕が口にしたのは“本音”だった。8回を投げ終え、ベンチに戻った左腕の元を訪れた小久保裕紀監督は「交代を伝えに行ったらグータッチさせてくれなかった」と明かしつつ、「この世界はそういう気持ちがないとね」と理解を示した。

 投手にとって完封勝利は何よりの喜びであることは間違いない。結果的には9回のマウンドに立つことはできなかったが、8回の上林をいい形で抑えれば続投の可能性はあった。だからこそ、同学年バッテリーは妥協することなく最善策を模索した。「ここは踏ん張るぞっていう感じでした」。前田純の言葉が2人の思いを物語っていた。

 初完封は持ち越しになったが、8回という“未知の世界”を前田純が投げ切った事実は大きな意味を持つ。まだまだ発展途上の若きバッテリーはきっと明るい未来を見せてくれるはずだ。

(森大樹 / Daiki Mori)