聞こえる地鳴り、極限の登板「脱水症状みたいだった」 馬原孝浩が試合後1時間動けなかった“1アウト”

ソフトバンク時代の馬原孝浩氏【写真提供:産経新聞社】
ソフトバンク時代の馬原孝浩氏【写真提供:産経新聞社】

聞こえなかった“風切り音”「飛び抜けて一番の…」

 15年がたっても、”異様な空気”を鮮明に覚えている。2010年9月20日の西武戦の最終回。1点リードで迎えた9回2死一、三塁のマウンドに立っていたのは、福岡ソフトバンクホークスの守護神・馬原孝浩氏だった。中島裕之選手との10分以上にも及ぶ死闘は、強烈な記憶として脳裏に刻まれた。

「プロ野球生活12年間の中でも、飛び抜けて一番の声援だったし、異様な雰囲気でしたね。僕も、中島も、その声援に邪魔されたというわけではないですけど、地鳴りがしていたんです」

 この試合に勝てばカード3連勝となり、首位・西武に0.5ゲーム差まで迫れる大一番だった。優勝争いは佳境。このカードが始まる時点で西武のマジックは「4」だった。

「汗もボタボタ落ちて、口がものすごく乾いていました。めちゃくちゃ乾燥しているというか、脱水症状みたいでした」

 普段であれば、集中力が最大限に高まると歓声は聞こえず、右腕が風を切る音だけが聞こえていた。しかし、この瞬間だけは、腕の振りの音すら聞こえなかった。ゾーンに入ることさえ許されないような空気が、球場を支配していた。

極度の緊張で得た“確信”…「100%振る」

 投手も、打者も、異様な雰囲気に呑まれそうになっていた。「中島も途中でタイムを取って、汗を何度も拭いていましたね」。そんな中、馬原氏は事前に立てていたプランを実行した。

「完全にフォークで打ち取るって決めていたんです。ストレートは見せ球。とにかく低めに、ボールが抜けたり、甘くならないように。そればかり考えていましたね」

 実際、直球を投じたのはわずか3球で、それ以外は全てフォークだった。最後もフォークで空振り三振に仕留めて勝利を収めたが、12球に及んだ対戦の最中には“確信”を得た瞬間があった。

「カウントが2-2になった時のフォークが甘く入ったんです。それがファウルで三塁側に転がった時に『あ、もうこれは大丈夫だ』と。何を投げても振るだろうという確信があったんです。フォアボールでも構わない、でも100%振るだろうなって」

奇しくもオリックスで再開…振り返る当事者たち

 この一戦がいかに重要な意味を持っていたかは、9月26日にホークスが7年ぶりのリーグ優勝を飾ったことからも明らか。心身に受けた極度の緊張は、試合後すぐに身体に異変として現れた。「みんなが帰っていくのに、ロッカーでバスタオルを頭から被ったまま、1時間ぐらい動けなかったんです」。感じたことのない疲れもまた、鮮明な記憶として刻まれた。

 奇しくもこの名場面の当事者たちとは、馬原氏が後に移籍したオリックスでチームメートとなった。「キャッチャーが山崎勝己で、バッターが中島、三塁ランナーが原拓也。関与していた人たちがみんなオリックスに集まったんですよ。そこで当時の話になって『あれはやばかったよね』『いや、あれはすごかったですね』という話をしました」。

 その年のクライマックス・シリーズではロッテに敗れたものの、馬原氏にとってこの一戦は生涯忘れられないものとなった。「抑えて当たり前、打たれれば地獄。そんな状態でのマウンドでした」。ドームが揺れるほどの声援の中、渾身の12球でチームを勝利に導いた。まさに守護神だった。【最終回に続く】

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