
先発をやったからこそわかる“1勝の重み”
ソフトバンクの初代守護神として、幾多の激戦を締めくくってきた馬原孝浩氏。チームに勝利をもたらすクローザーとしての根底には、培ってきた確固たる“信念”が存在した。それは単に試合を終わらせるだけでなく、チーム全体の想いを背負う覚悟でもあった。
「僕も先発で苦労しているので。先発投手って1週間に1回しか投げないけど、毎日やることが当然違うんです。登板に合わせて逆算して、1週間かけて一生懸命調整する。その大変さを僕も経験してきましたし、それが毎日、誰かしらの番でやってくるんですよね。だから、その人の“1勝”の重みを、僕はよく分かっているつもりです」
2004年の1年目は先発として11試合に登板。3勝3敗、防御率6.30の成績だった。守護神としての印象が強いが、先発としての調整の重みや難しさを知っているからこそ、その努力を試合の最後で無駄にするわけにはいかないという、強い責任感を持ってマウンドに立っていた。
馬原氏が目指したのは、チームメートやファンから全幅の信頼を寄せられる投手になることだった。「『お前しか抑えはいないんだよ』『お前でやられたら仕方ないんだよ』って言われるように。それって私生活や準備も含めて、全部が大事なんですよね」。その信頼を得るためには、マウンド上のパフォーマンスだけでなく、日々の振る舞いや姿勢が問われるものだと考えていた。
グラウンド外でも貫いたプロ意識
「抑え投手が、どれだけ野球に向き合っているのか。チームの勝利も、先発の勝ち星も背負っている。それを理解したうえで、日々グラウンドでも、グラウンド外でも生活することが僕は大事だと思うんです。こいつでやられたら仕方ないっていう人物にならないといけないんです」
その言葉どおり、馬原氏は練習や体のケアに一切の妥協を許さず、私生活でも自らを厳しく律していた。「お酒も全然飲まないですね。僕はあまり出歩かなかったので」。遠征先でも外出することなく、ホテルで自らの体と向き合う日々。「毎日それは変えずに、とことんやっていましたね」。
ストイックさゆえに、チームの飲み会や祝勝会に顔を出すことは極めて稀だったという。「『レアキャラ』って言われていました。滅多に行かなかったから。もうチームみんながそれを知っていたので」と、当時を懐かしそうに振り返る。
「リリーフって毎日調整しないといけない。その中で『きょうは二日酔いだからちょっと厳しいです』みたいなのってありえないと思うんですよね。自分が先発だったらって考えたときに、いい加減な抑え投手には試合を託したくないと思ったんです。『なんで俺の日に!』って思っちゃうじゃないですか。そういう投手にはなりたくなかったんです」
日の目を見ない苦労…失敗だけが記憶される仕事
そんな馬原氏にとって、クローザーの“唯一のやりがい”は明確だった。「勝った瞬間にマウンドにいられるっていうのは醍醐味ですよね。みんなとハイタッチを交わして試合を締めるっていうことに、かなりのやりがいを感じていました」。先発完投型の投手に憧れがあったものの、幾度となく勝利の瞬間をマウンドで迎える喜びは、クローザーならではの特権だった。
しかし、その華やかな瞬間の裏には守護神特有の厳しさも存在する。「日の目を浴びるのって、節目の記録を残した時くらいなんです。基本的に目立つのは失敗した時ばかり。だから抑え投手って、失敗のイメージがものすごく強くなってしまうんです」。日々抑えるのは当たり前とみなされ、ひとつの失敗が大きく報じられてしまう。それがクローザーというポジションの重圧だった。
「僕は中途半端な数字で終わっているんで」と馬原氏は謙遜するが、マウンドで見せ続けた闘志あふれる姿、そして「こいつでやられたら仕方ない」と仲間から信頼されるために貫き通した信念は、今もホークスファンの記憶に深く刻まれている。その「背中」が語るもの――。それは数字では測れない価値だった。【第3回に続く】
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(飯田航平 / Kohei Iida)