同学年左腕の初勝利サポート「嬉しいが大きい」
捕手としてこれ以上ない喜びを味わうことができたのも、“あの決断”があったからだ。キャッチャーミットを見るのすら嫌だった日々。そして、あらためて捕手として生きていくことを決めた恩人からの言葉。渡邉陸捕手の口から語られた「真実」とは――。
15日の西武戦(みずほPayPayドーム)、10日ぶりにスタメンマスクをかぶった渡邉が好守で躍動した。4回2死満塁で貴重な2点適時打を放つと、守っては同学年の前田純投手を巧みにリード。7回2安打無失点の快投を引き出し、左腕の今季初勝利を全面サポートした。
「マエジュンが頑張ってくれていたし、今は嬉しいという気持ちが大きいですね」。充実感を漂わせながら汗をぬぐった24歳。1試合を通してマスクをかぶり、完封勝利を演出したのは1軍では初めてだった。「自分にとってターニングポイントだった」と振り返るのは、入団2年目の2020年のことだった。
月1のミーティングで編成担当に吐露した「本音」
「『もうキャッチャーをやりたくない。辞めます』って伝えましたね。そのころは練習もきつかったですし、怪我も多かったので。『ずっと怪我が続くんじゃないか』という不安があって……。とりあえず辞めたいと思っていました」
当時は腰を痛め、満足にプレーすることができなかった。捕手にとっての“職業病”とはいえ、弱冠20歳の渡邉にはプロ野球の世界で長く現役を続けていくビジョンが見えなかった。主戦場だった3軍戦ではファーストを守ることもあった。毎月設けられていた編成担当とのミーティング。その場で正直な思いを吐露した。
「仮にキャッチャーを辞めてファーストをするにしても、当時は内川(聖一)さんがいて。ポジション的には大砲候補の助っ人だって来る可能性がある。編成の方から『そこに勝っていかないといけないんだよ』っていう話をされたのは覚えてますね」
思い悩む中で、ある人物から電話があった。「キャッチャーを辞めたいらしいな」。声の主は、担当スカウトの岩井隆之さんだった。「俺はお前のキャッチャーとしての姿を見て、獲るって決めたんだ。肩も評価していたし、キャッチャーとして成功すると思っている。だから頑張れよ」。
高谷コーチも絶賛「今日だけは喜んでいい」
愛のこもった優しい言葉にはっとした。捕手を辞めたがっていたのは、自分に自信がなくなっていただけだと気づいた。「『確かに』と思って。そこから頑張ろうと決めました」。迷いは霧が晴れたかのように消え去った。
今になってみれば、思い悩んだことも必要なことだったと感じている。「辞めたいと思ったことは事実なので。それをちゃんと言えたのも逆に良かったなって。岩井さんからそういう言葉をもらえたことも、本当に大きかったので……」。
2023年から2年間、1軍出場ゼロという苦しい日々を乗り越え、今季は開幕からマスクをかぶる機会を勝ち取った。「1軍初完封」を果たした渡邉に対し、髙谷裕亮バッテリーコーチは「捕手にとって1試合を無失点に抑えるっていうのは格別なんです。今日だけは、喜んでもらっていいんじゃないですか。これを自信に変えて、さらに成長してもらいたい」と目尻を下げた。
キャッチャーミットを捨てなかったことで、光が差し込み始めた野球人生。「今は辞めなくてよかったと、つくづく思います」。初めて知った格別の喜び。その経験が渡邉をさらに成長させる。
(長濱幸治 / Kouji Nagahama)