左腕の本音「自分の勝ち星がどうこうより…」
ベンチから見上げた右翼線への大飛球は、大学時代に画面を通して何度も目に焼き付けてきた“背番号7”の放物線だった。「おー! これだー! テレビで見てたやつやん! って感じでした」。試合後も興奮冷めやらぬ様子で振り返ったのは前田純投手だった。
17日の楽天戦(みずほPayPayドーム)。両チーム無得点で迎えた6回2死一、二塁で、中村晃の打球は勢いよく右翼線へと上がった。それを追った前田純の視線はスタンド最前列で止まった。均衡を破る3ランに自然と両こぶしが上がる。ダイヤモンドを1周し、ベンチに戻ってきた大先輩とハイタッチを交わした左腕の表情は、野球少年のようだった。
先発し、6回までゼロを並べてきた前田純は、この回限りでの降板を告げられていた。今季まだ勝ち星のない左腕に中村が贈った勝利投手の権利という大きな「プレゼント」。それでも左腕の頭に浮かんだのは、全く別の思いだった。
「自分の勝ち星がどうこうというよりも、目の前の光景にただ興奮していましたね。学生時代に見ていた中村晃さんのホームランが見られた! って。『いつものライト線へのやつだ』と思って。もうそれだけでした」
前田純にとって、背番号7はテレビ越しに見るスターだった。今はチームメートとしてプレーしているが、見慣れた放物線を前に大分・日本文理大時代の記憶がよみがえった。「大分だったので、やっぱりホークスの試合が多かったですね。もちろん中村晃さんも好きでしたね」。
中村が“代弁”したナインの思い
その思いを知ってか知らずか、中村のコメントも粋なものだった。「前田純が頑張っている中で、何とか先制点をあげることができて良かったです」。この言葉は野手陣の思いを代弁したものだ。開幕から3試合に先発し、防御率1.17と好投を続けている左腕。しかし、いずれも援護に恵まれずに、いまだ勝ち星はない。17日の試合も終盤に救援陣が打ちこまれ、今季初勝利は幻となった。
昨季は9月29日の日本ハム戦でプロ初登板初先発し、6回無失点の好投でいきなり初勝利をつかんだ。一方で、開幕ローテ入りを勝ち取った今季はなかなか1勝目を上げられずにいる。「1軍で1勝を挙げるのって、やっぱり難しいなと思います」。そう口にしつつも、悲壮感はない。
「(17日の)試合後に倉野(信次投手)コーチから『勝ち負けはもちろん重要なんだけど、それよりも先発としての仕事をして、ローテーションを守り抜くことが一番大事』と言われたので。そこで切り替えられましたね」
憧れの先輩が放ったアーチを無邪気に喜んだ左腕。次回登板こそは自らの投球で今季初勝利をつかみ取り、満面の笑みを浮かべてみせる。
(長濱幸治 / Kouji Nagahama)