海野隆司がつき続けている“嘘” 11日ぶりの勝利も「気付かなかった」と語ったワケ

真剣な表情を浮かべる海野隆司【写真:古川剛伊】
真剣な表情を浮かべる海野隆司【写真:古川剛伊】

先発マスクでの勝利は4月12日のロッテ戦以来

 苦しみぬいた日々を抜け、11日ぶりに味わった“喜び”にも感情を高ぶらせることはなかった。「言われるまで気付かなかったですね」――。ほんの少しの安堵感をにじませながらも、そう口にしたのは海野隆司捕手だった。

 23日のオリックス戦(みずほPayPayドーム)。先発マスクをかぶった海野は好守で光った。先発の上沢直之投手を始め、4投手を巧みにリード。リーグNo.1の打線を相手に2失点にまとめると、1点リードの3回2死一、二塁では左前適時打マーク。自らのバットで追加点を挙げ、一塁上で大きく手を叩いて喜びをあらわにした。

 海野が先発した試合でチームが白星を収めたのは、12日のロッテ戦(ZOZOマリン)が最後だった。それ以降はスタメン5試合で4敗1分けと、勝利に導くことができずにいた。「チームが勝てばそれでいい」と常々口にする海野が、その事実に“気付かなかった”とは到底考えにくい。ここまで捕手陣でチーム最多の16試合に出場している男が、現在の心境を明かした。

「そこまで深く落ち込んではいなかったです。悔しさはもちろんありましたけど、一喜一憂しないようにしていたので。『昨日負けたからああだこうだ』とは、もう考えないです。それをやり始めるともたないとは言われているので。自分もそうだなっていうのは最近感じているので」

マウンド上で上沢直之に声をかける海野隆司【写真:古川剛伊】
マウンド上で上沢直之に声をかける海野隆司【写真:古川剛伊】

肌で感じた甲斐やコーチから聞いてきた“言葉”

 プロ5年目の昨季は開幕から1軍でフルシーズン戦ったが、あくまで甲斐拓也捕手に次ぐ2番手の位置付けだった。一方で今季はここまで正捕手に一番近い場所でプレーを続けている。甲斐やコーチから何度も聞いていた「切り替えが大事」という言葉。もちろん頭では理解していたが、その重要性を肌で感じるのはもちろん初めてのことだ。

 今春キャンプで何度も口にしていたのは「堂々とプレーすること」だった。投手を始め、守っている野手陣、ベンチから見守っている首脳陣にかすかな不安でさえも抱かせないこと。それも捕手として大事な要素だ。海野の語った“意識”は、驚くべきものだった。

「マウンドに集まった時の言動1つにしても、顔色や口調から不安を悟られないように全部気を付けています。ある意味虚勢を張って、嘘でもいいから堂々とする。『顔が暗い』とよく言われますけど、そこは大事にしたいと思ってますね」

 自らの指先で出すサインが大丈夫なのか、打たれたらどうしよう――。そういった不安が消えることはもちろんない。それでも、味方にそれを悟られることがあってはならない。マスクをかぶった海野は“別人を演じている”。それには想像を絶するエネルギーが必要だ。長いシーズンを乗り切るために一喜一憂はしない。

 海野にとって野球人生の大きな分岐点となる今シーズン。初めて味わう苦しみを乗り越え続け、チームがリーグ2連覇を成し遂げた時にこそ、思い切り笑う。

(長濱幸治 / Kouji Nagahama)