いつも見ている光景が今年はなかった。筑後と宮崎で行われていた秋季キャンプの最終日。練習を終えた選手たちは各自で監督、コーチ、スタッフ陣に挨拶へ出向き、1年の感謝を伝えてグラウンドを後にしていった。キャンプ最終日といえば、全員が集合して円を作り、一本締めで打ち上げる“手締め”が恒例だが、2024年の秋季キャンプでは行われなかった。
「“手締め”だと終わりじゃないですか。もうスタートしてるんで」。キャンプの全日程が終わったあと、こう説明したのは関川浩一コーディネーター(野手)だ。「手締めどうしようかって話は昨日も出たんだけど『いらないですよね』みたいな。『別に締めるわけじゃないから』ってことで」。コーディネーター間での話し合いの末、“恒例儀式”を今秋は廃止。そこには首脳陣における明確な“意図”が込められていた。
荒金久雄コーディネーター(野手統括兼守備走塁)は、朝の集合で選手にこう語っていた。「(今年は)手締めはしない。締めてもらっちゃ困るよ。もう(来季に向けて)スタートしてるよ」。その真意について、関川コーディネーターが説明した。「要はこれから自分でやらなきゃいけないから。このキャンプでその準備もできたし、練習方法もいろんなバリエーションを作ってやっている。それぞれに必要なものをやってきた」。
つまり、秋季キャンプは“今シーズンの終わり”ではなく“来シーズンの始まり”という考えだ。それぞれがオフに取り組むべき課題や練習方法を考え、準備するのが秋季キャンプの狙いだった。一見、普段と大きく変わらない打撃練習の風景であっても、室内では対応力を上げるため、屋外ではパフォーマンスを上げるためと、テーマを決めて行ってきた。
コーディネーター主導で行った今秋のキャンプは、選手の主体性を重んじた。野手が集まる筑後では、午前を3グループに分かれてのトレーニングに充て、午後からは自由練習とした。食堂に置かれたホワイトボードに、それぞれがやりたいメニューを書き込み、コーチ陣がサポートに入る形をとった。“特守”や“特打”と言われた従来の自主練習は、コーチ陣からの指名で選手が呼ばれるケースがほとんどだったが、今キャンプは選手自らが考えて、希望する練習に取り組めるようにした。
事前に選手たちにはアンケートを取った。「本人たちがどういうバッターになりたいかとか、どういうことをしたいかっていうのを聞いて。それを踏まえた上で、各専門部署と話し合って、メニューを選手には渡しました」と関川コーディネーター。首脳陣から強制されることはなく、選手自身が考え、能動的に練習を行うようにした。
データを活用した練習もより一層取り入れた。打撃練習時にはスイングスピード、スイング時間、スイング軌道などが数値として出る機器「ブラストモーション」を使用した。
「選手の感覚が1人1人違うので、こんな感じで振ったらこんな打球が飛んだとか、こんな数値が出たっていうのを、本人の感覚と合わせないといけない。主観で選手の良さを見逃さないように。見るからに良い人は見逃さないけど、僕らの主観では拾えなかった可能性がデータや数値で拾えることがある。選手がたくさんいる分、可能性を埋もれさせないようにしないといけない」。関川コーディネーターはデータや数値を駆使することの意義を語る。
球団あげての取り組みには、成果も現れ始めている。スイングスピード、体組成などの数値は「結構みんな上がっていた」という。その1人として名前が挙がったのが育成の勝連大稀内野手だった。「スイングスピード110キロが目標だったんだけど、もう一気に超えて120キロ台から130キロまでいっちゃった。1年の積み重ねでね」と、選手たちの成長ぶりに目を細める。
実際の数字に表れる充実度がある。「このキャンプ自体は上手くいったかな。ただ、成果が出るのは来年なので、油断はしていないですよ。来年あまりにも成績が出ないんだったら、やっぱり(やり方も)考え直さなきゃいけないだろうし、ここもトライアンドエラー。見た目はわからないかもしれないけど、中身は結構変わっているんで」と、関川コーディネーターは振り返った。
新たな取り組みはオフにも取り入れていく。毎年、12月に行われていた育成練習は行わない。「今年は12月1日からを“筑後ウインタートレーニング”にして、選手が主体性を持って、考えて取り組めるような環境を整えてやることになりました。前みたいな育成練習っていう感じじゃないけど、トレーニングは続きます。キャンプの延長のように」と関川コーディネーターは説明する。
客観的データや最新の機器を用いながら、選手が自身で必要だと思う練習に取り組める環境を整えた。あとは選手たち次第。秋季キャンプからの“オフ”をどう過ごすのか。来年2月1日までの過ごし方が、選手たちの明暗を分ける。
(上杉あずさ / Azusa Uesugi)