津森宥紀がテレビ越しに見つめた“惨劇” 打ちこまれる後輩見て「自分何してるんやろな」

ソフトバンク・津森宥紀【写真:竹村岳】
ソフトバンク・津森宥紀【写真:竹村岳】

3連続押し出し四死球…2軍で見つめ直した右腕が振り返った「悪夢」

 マウンド上でこれほどまでに打者と立ち向かえなかったのは、野球人生で初めての経験だった。8月28日のオリックス戦(長崎)。1点リードの7回2死満塁、2番手で登板したのは津森宥紀投手だった。試合前まで43試合に登板するなど、フル回転してきた右腕だったが、待っていたのは3者連続押し出し四死球という結果だった。アウトを奪うことができずに交代を告げられ、チームはそのまま敗戦。試合後、津森の2軍降格が決まった。

 打者2人に続けて四球を与えた直後、声を掛けてくれたのが今宮健太内野手だったが、そのことさえも“うろ覚え”なほど、マウンド上の津森は平静を保つことができていなかった。右腕に何があったのか。当時を振り返った。

「自分でもわけわからんかった。ブルペンでは(状態は)よかったんですけど、マウンドに上がって投げたら、どんどん『違うな、違うな』って。そこでうまいこと切り替えられたら良かったんですけど、できずにズルズルいって。マウンドで1人で考えてしまって…」

 強心臓ぶりや強気な投球が持ち味の津森が、打者ではなく自分自身と向き合ってしまったという。前述した今宮からの言葉を一字一句思い出すことはできないが、自身を鼓舞してくれたことはハッキリと分かった。「『真ん中にドーン、いったらいいやん。そこから(球が)散らばるピッチャーやろ』って、いつも言ってもらっているので」。食事をともにすることもある仲の良い先輩は、右腕をよく理解してくれている存在でもある。

「あの時(オリックス戦)は自分が悩んでる顔をしていて、多分首を傾げたりしていたんで。『首傾げんと思いっきり投げろ! ゾーンに投げろ!』みたいな感じだったと思います」。ありがたいゲキだった。それでも、思うように立て直すことができなかった。「それで余計に『なんでやろ』ってなってしまって……」と、そのまま降板するに至った。アマチュア時代を振り返っても、今までにこんなことはなかったという。

 津森といえば、プロ初登板が衝撃的なものだった。ルーキーイヤーの2020年。先発投手の危険球退場を受けて無死満塁で緊急登板すると、先頭打者に満塁本塁打を浴びた。2リーグ制初の「デビュー戦の先頭打者に満塁本塁打を浴びた投手」という“珍記録”にも、「いいっすね」とあっけらかんと語るほど、肝が据わった男だ。1年目から数々の修羅場に立ち向かった右腕は、勝利の喜びも1球の怖さも味わってきた。どんなに悔しい思いをしても、切り替えることができる精神的なタフさも持ち味。それは中継ぎ投手として重要な能力でもある。

ソフトバンク・津森宥紀【写真:竹村岳】
ソフトバンク・津森宥紀【写真:竹村岳】

 そんな津森が「自分でも初めてです」と言うほど、今回はどうしたらいいか分からない状況に陥った。「マウンドではいつもあまり考えてないというか、結構強気に投げられていると思っていたので。今までやったらバッターにどんどん投げていく感じだったんですけど……。初めてです、こんなにマウンド上で自分と戦うみたいなのは」と打ち明ける。

 2軍降格後は2試合に登板し、計2イニングを無四球無失点。結果を残しているが「まだちゃんと(腕を)振り切れていない。やっぱり不利なカウントになった時に、なんか思い切っていけてないような気がしたんで。逆に、もう四球を出してもいいやってくらいの方がいいのかなと思って」と、いまだに本来の自分を取り戻せてはいない様子だ。

「思ってる感じのボールじゃないのが、1番気に入らんところですね」。納得いく球を投げられていないことが、気持ちの面でも乗っていけない大きな原因だという。調子が良くても悪くても、その中で勝負し続けないといけないのがプロの世界。津森も日々、試行錯誤しながら腕を振ってきたが、シーズン終盤にきて綻びが出てしまった。「とりあえず投げられる分はどんどん投げて、早く自信(を取り戻す)というか、思い切っていつもの投球ができるようにしたいです」と前を向く。

 痛恨の逆転負けを喫した4日の日本ハム戦(みずほPayPayドーム)は、テレビでしっかりと観ていた。3点リードで迎えた9回、守護神の松本裕樹投手が先頭に四球を与えて緊急降板するアクシデント。ルーキーの大山凌投手と岩井俊介投手が後を託されたが、この回だけで6点を奪われる衝撃的な敗戦だった。津森は「今まで(自分が)1軍で投げていて、あの日の岩井とか大山を見ていたら、『自分何してるんやろな』って思いました」。口にしたのは自身の不甲斐なさだった。

 その一方で、「ああいう場面で投げたいなという気持ちで見ていました」と奮起した一戦でもあった。1軍で厳しい場面を任された経験も多い津森。倉野信次投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)からは「その気持ちをパフォーマンスに表してほしい。また1日でも早く戦力になってくれ」と伝えられたという。「悔しいっすね。そういうところを任されていたので。また、ああいうケースでしっかり投げられるようにします」と決意を新たにした。

「自分の持ち味はやっぱり思い切り投げて、ゾーンでバッターと勝負することなんで。そのボールを投げられるようにして、1軍に戻ります」と力強く語った右腕。2軍戦でまずは自信を取り戻し、再び1軍へ――。リーグ優勝まで一歩ずつ近づきながらも、リリーフ陣にアクシデントが相次いでいるチーム。津森の存在は必ず必要になるだろう。

(上杉あずさ / Azusa Uesugi)