期待が故のC組スタート 「ちょっと話そうか」井崎燦志郎が倉野コーチと交わした会話

ソフトバンク・井崎燦志郎【写真:上杉あずさ】
ソフトバンク・井崎燦志郎【写真:上杉あずさ】

C組スタートに落胆する井崎に倉野コーチは「ちょっと話そうか」

 評価をしているからこそのC組スタートだった。伸びのある直球が魅力の3年目右腕・井崎燦志郎投手は筑後のC組で春季キャンプを過ごしている。今年こそ“宮崎行き”を期待していたが、結果はC組スタート。ただ、そこには首脳陣の評価と期待があったからこそ、あえてのC組だった。

 1月26日の夕方、春季キャンプの組み分けが発表され、X(旧Twitter)を開くと各メディアがそのメンバーを知らせていた。宮崎でのA組、B組メンバーが羅列されている中に「上記以外の選手はC組、またはリハビリ組となります」と書かれていた。自身の名前はなく、井崎はC組スタートを察した。「ああ、マジか……」。少なからずショックだった。

 地元の進学校である福岡高校から2021年育成ドラフト3巡目で入団して今季が3年目になる。プロ1年目は3軍戦で経験を積んだが、特に制球面に苦しんだ。その後は、怪我の影響でリハビリ組へ。ただ、これが転機に。トレーニングや投球フォームを見直す貴重な時間となった。

 迎えた昨季、著しい成長を遂げた。真っ直ぐは150キロを超え、制球面も安定。オフには台湾で開催されたアジアウインターリーグに派遣された。各球団の若手選手が集まる舞台で「NPB RED」の開幕投手を任され、3試合に先発。濃い時間を過ごし、キャンプの宮崎行きを自分の中で期待もした。

 ただ、現実は甘くなかった。「悔しかった」と、すぐには気持ちの整理もつかなかった。組み分けが発表された翌日、ブルペンでの投球練習を終えると、倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)に声をかけられた。「なんかちょっと表情が暗いぞ」。井崎は思い切って自分の本心を倉野コーチへ伝えた。

「B組に行きたかったんですけど、C組だったので……。頑張ろうと思っていますが、悔しいです」

 井崎の思いを受け止めた倉野コーチはこう返した。「ちょっと話そうか」。ブルペンに残り、2人で話をすることになった。そこで聞かされたのは期待と、倉野コーチなりの考えだった。

「B組にいてもおかしくない実力はあるけど、今、競争させるより、自分のペースで課題を潰して3月の2軍戦とか実戦で投げられるように照準を合わせてやってほしい」

 まだ3年目の20歳。ようやく体も出来つつあり、首脳陣としても期待は大きい。ただ、B組とはいえ、宮崎は1軍を目指す“競争の場”。怖いのは、周りのペースに惑わされてオーバーペースとなり、怪我に繋がること。であれば、筑後でじっくりと土台を強化させる方が、井崎にとって最善の道なのではないか。そう倉野コーチは考えていた。

「思い切りがいいですし、球の力だけだったらB組の選手にも引けを取らない。こっち(宮崎)で競争するより、筑後でしっかりと下地を作っていった方が、逆に近道になるんじゃないかという判断です。本人も悔しいですよね、宮崎に来られなかったっていうのは。その思いは僕もよくわかったんで、そうじゃないよって。こっちはお前のことを評価しているし、お前のことを思って決めているんだからっていう話はしました」

 キャンプの組み分けは単純な実力差で決めているわけではない、と倉野コーチは言う。「先を見据えて、彼らの成長にとって1番いい方法をとっているつもりです。むしろ今、筑後にいる組は、モチベーション高く闘志を燃やしてじゃないですけど、そういう気持ちも求めているところ。逆に言えば、B組でウカウカしていたら、すぐ入れ替わりもありますよ」。筑後で汗を流す投手陣の報告も、当然、宮崎にいる倉野コーチのもとに届いている。

「今年勝負なので、宮崎に行きたい気持ちはだいぶ大きかったです。でも、倉野コーチにそう言われて、気持ち的には少し楽になりました」と井崎は言う。その一方で「悪く言えば、B組の競争にまだ勝っていける実力がないというふうにも受け止めているので、危機感というか、周りと一緒にやってちゃいけないなっていう焦りみたいなものも持って、練習しています」とも。悔しさ、危機感をさらなる励みにしている。

 様々な思いが巡る中で、自分のやるべきことに集中してレベルアップを目指している。キャンプ初日からブルペン入りし、7~8割の力で150キロ近い球速も出ていたという。倉野コーチの言葉を力に変えて、筑後からの“下克上”を狙う。9日に20歳になったばかりの若鷹には、無限のポテンシャルが秘められている。

(上杉あずさ / Azusa Uesugi)