日本シリーズで大阪桐蔭高の先輩・松尾と対戦
捉えられた打球が、センターに舞う。悔しさと同時に、胸に込み上げてきたのは懐かしさだった。「2打席目のセンターへのやつは、高校の対戦を思い出しましたね。ずっとああいう打球を打たれていたので」。初の日本シリーズ登板となった前田悠伍投手が振り返ったのは、大阪桐蔭高時代の1学年先輩で、バッテリーを組んでいた松尾汐恩捕手との対戦だった。
2年連続の日本一を掴み取ったホークス。10月28日にみずほPayPayドームで行われたDeNAとの日本シリーズ第4戦、左腕が先発マウンドに上がった。松尾との第1ラウンドは力強い直球で二飛に打ち取った。そして4回2死の第2打席、再び直球を捉えられると、中越えの二塁打でチャンスメークを許した。
高校時代に秋の神宮大会、春の甲子園で全国制覇を果たした“黄金バッテリー”。お互いに心を開く存在だからこそ、プロの世界で迎えた頂上決戦では“一線”を引いていた。
待ち望んでいた対戦から、時計の針は3日前にまで遡る。横浜スタジアムで第2戦が行われた25日の出来事。午後3時にホークスナインが三塁ベンチに姿を見せると、その目の前でDeNAの捕手陣が試合前練習に励んでいた。松尾を視界に捉えていた前田悠だが、ベンチから腰を上げない。先輩からの視線に手を挙げて応えていたが、最後まで言葉を交わすことはなかった。「“そういう場”じゃないので」――。
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この先で分かる3つのこと
「そういう場じゃない」前田悠伍が挨拶を自粛した訳
「投げられへんくなる」松尾汐恩の食事の誘いを断った理由
高2夏の甲子園…涙の抱擁で交わした松尾との約束とは
日本シリーズは「“そういう場”じゃないので」
「練習していたので。終わっていたら、(挨拶に)いっていたかもしれないですけど。練習中で、向こうもスタメンだったので。手だけ挙げましたけどね。それで終わりました。福岡にも来るでしょうし、そこでは僕らが先に練習なので。ベンチ前に行ってちょっと挨拶はしようと思っていますよ。今日は『練習中なのでやめておこうかな』と思いました」
どんな時も自らを律してきた21歳は、こう続けた。
「ゆっくり話したいのはもちろんですけどね。ただ“そういう場”じゃないので」――。
ここは日本シリーズという真剣勝負の舞台。心から尊敬する先輩は、スタメン起用に備えて試合前練習を行っている。多くの言葉は必要ない。無言の“アイコンタクト”に、2人の尊い関係性が表れていた。
舞台を福岡に移した2日後の27日、話していた通り、練習を終えた前田悠は松尾のもとに挨拶に行っていた。それも深く話し込んだわけではなく、短く言葉を交わしただけだった。どれだけ時間が流れようと、2人の絆に変わりはない。ただ、自分たちが今立っているのはプロ野球の頂上決戦だ。多くを語らず、互いをプロとして認め合っているからこそ、勝負師として対峙する2人の姿は気高かった。
プロだからこそ“一線”を引く。その姿勢は、4か月前の交流戦でも同じだった。6月6日、敵地で行われたDeNA戦に先発した背番号41。松尾を2打数無安打に抑えた前田悠だったが、対戦前も特に連絡は取っていなかったという。「登板日がわかってしまうのも嫌だったので」。プロ3年目で実現できた初対戦は、左腕にとってそれほどまでに大きな“楽しみ”だった。
「僕もプロに入るまでは『汐恩と同じ球団がいいな』とか『対戦できるリーグがいいな』とか思っていました。いざ交流戦で、僕がベイスターズ戦で投げるとは思っていなかったですし、運が良かったです。お互いが1軍にいない可能性だってあるわけで。汐恩が出て、僕が投げる。なかなかない巡り合わせですし、勝負できたのは嬉しかったですね。取っておきたかった“楽しみ”だったので」
前田悠が5回1失点で3勝目を手にした6月6日の試合後、松尾から食事に誘われた。それも断った。ゲームセットは午後4時57分。「ほんまはめっちゃ行きたかったですよ。でもウエートも治療もあったし、登板日にやっておかないと後に響くので」。翌7日の試合前練習で言葉を交わした2人。「『行けんくてごめんな。投げられへんくなるのも嫌やったから。またオフにゆっくり行こう』みたいな話をしました」。プロとしてマウンドに立つ21歳。どんな瞬間も、勝負師としての心を忘れたことはない。
高2夏の甲子園…涙の抱擁で「優勝しろよ」
2021年春、大阪桐蔭高に入学した左腕は1学年先輩の松尾と出会った。初対面から絶妙な距離感。15歳だった前田悠は、すぐに心を許した。
「最初から仲良くしてくれていた印象がありますね。『タメ口でいいから』『いい球きてるで』とか言ってもらった記憶はあります。すごく優しくて頼りがいのある人ですね。あとは、基本的にめちゃくちゃ負けず嫌いです。それが僕とも気が合う理由の1つだと思いますし、これだけ心を開いているのも松尾さんの人柄なのかなと思いますね」
忘れられない記憶は2年時の夏。甲子園の準々決勝で下関国際高に敗れ、先輩たちの夏を終わらせてしまった。リリーフ登板した前田悠は3失点を喫して敗戦投手に。試合後、人目をはばからず大粒の涙を流した。今になっても「頭が真っ白だった」という瞬間。それでも、松尾からかけられた言葉は強く覚えている。強く抱きしめ合い、伝えられた感謝の言葉――。
「ありがとう。お前は来年があるから、絶対ここに帰ってきて優勝しろよ」
涙の抱擁から4年の月日が流れ、2人は日本シリーズで激突した。頂点を争った真剣勝負。センターに舞った打球を見届け、勝負を振り返る左腕の表情は清々しかった。「打たれたくなかったですし、悔しいですけど。いいバッターですからね。来年以降もいい勝負ができたらいいなと思います」。大好きで、特別で、絶対に負けたくない存在。照れることなく、前田悠伍は言った。「本当に出会えて良かったです」――。
(竹村岳 / Gaku Takemura)