右肘と腰を手術…激白していた決断の理由とは
ソフトバンクは26日、野村勇内野手が兵庫県尼崎市の病院で「右L5S腰椎椎間孔狭窄に対しての、右L5S経椎間孔的全内視鏡下椎間孔拡大術」を受けたことを発表した。無事に終了し、競技復帰まで2~3か月の見込みだという。14日には「右肘関節クリーニング術」も受けており、6年目を迎える来季に向けて一歩ずつ復帰への歩みを進めていく形となる。
昨シーズンは自己最多となる12本塁打を放ち、多くの部門でキャリアハイを更新した29歳。小久保裕紀監督は今年の開幕前に今宮健太内野手との“一騎討ち”を明言し、開幕遊撃の座を争わせた。今季は交流戦で4本塁打を記録したものの、66試合に出場して打率.234、5本塁打、10打点。昨季から数字を落とす結果となり、8月10日には出場選手登録を抹消されていた。
ファームで再調整を続け、ポストシーズンでの1軍復帰を目指していたはずの男に、一体何が起きていたのか。
その背景には、右肘を襲った激痛で満足なスローイングができなかった「決定的な一球」があった。自身の体に現れていた、明確な“異変”。野村勇が下した苦渋の決断と、本多雄一内野守備走塁兼作戦コーチの叱咤激励とは――。背番号99が語っていた葛藤と覚悟の真相に迫る。
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この先で分かる3つのこと
「痛すぎたんですよね」野村勇が手術を決めた悪送球の瞬間
右肘と腰を同時に治療…野村勇が下した「復帰への覚悟」
「自分に負けないで」本多コーチが野村勇に託す復活の道
9月3日の2軍戦で起きた異変「それが痛すぎて…」
8月5日の日本ハム戦(みずほPayPayドーム)で一時同点につながる適時失策を喫していた野村勇は、その直後に登録抹消となった。首脳陣から「スローイングの改善」という課題を与えられ、2軍での再調整が始まった。右肘の手術を覚悟した決定的な瞬間は、9月3日にナゴヤ球場で行われたファーム・リーグ中日戦での出来事だった。
8回の守備で三遊間への打球が飛んだ。遊撃を守っていた野村勇がゴロを捕球したが、スローイングが乱れて一塁への悪送球となった。ノーバウンド送球を意識していたはずが、体はすでに限界を迎えていた。「肘がもう痛すぎて、一塁に届きもしなかったんですよね……」。結果的に、この日が今シーズン最後の実戦出場となった。以降はリハビリ組に移り、ポストシーズンでの復帰を目指してきたが、患部の状態はなかなか回復しなかった。
2023年3月には「内視鏡下椎弓形成術」を受け、2024年も春先に左坐骨を疲労骨折し、戦線を離れた。慢性的に抱えていた腰の不安。右肘の手術を決断したと同時に「それなら一気に治してしまおう」と気持ちを固めた。リハビリを経て、復帰するのは2027年になる。もう1度、万全な状態でレギュラーを目指すため、2箇所にメスを入れることになった。
「悔しいですけどね。もう“スーパー”になって帰ってくるしかないです」
本多コーチが語った“期待”「自分に負けないで」
野村勇の2026年シーズンは幕を閉じ、2027年の復帰を目指す。本多コーチは、手術という事実を受け止めながらこう語る。
「年齢は関係ないんですけど、ルーキーとはまた立場が違うわけですから。打って守って走って、というところを本人も望んでいると思うし、それは僕たちも同じです。ただ、キツいこともある。ファームに行って、気に病むこともある。それを乗り越えるのがプロ野球ですから。(12月に)30歳になるんですか? 野村勇という選手を応援してくれる人のためにも、もう1回自分を追い込んででも、活躍するにはどうすればいいかを自分で考えてほしいです」
今季は2年目の庄子雄大内野手が台頭し、108試合に出場した。CSファイナルステージでもMVPを獲得するなど、必要不可欠な存在としてチームを支えた。選手1人1人の立場は、すぐに変わってしまう――。それがプロ野球の世界だと、本多コーチは熱く続けた。
「『自分に負けないで』ということ。自分に勝つという思いを強く持っていないと、新しい考えを発見したり、壁を乗り越えていくことはできないと思うので。誰しもが、地道な道のりなんですよ。1日、2日で結果を出せる世界ではない。長い年月をかけて、技術は身についていくものなので。コーチとしてはもちろんですけど、野球人の先輩として野村勇に期待したいです」
12月には30歳を迎え、来季は6年目のシーズンとなる。年齢的に考えても、先が長いわけではない。もう1度レギュラーを目指すには、このタイミングで万全な状態にするしかなかった。「絶対にまた、帰ってきますよ」――。野村勇の目には、確かな“覚悟”が宿っていた。
(竹村岳 / Gaku Takemura)