中村晃が語った裏方さんへの偽りのない感謝
15分にもおよんだ最後のスピーチには、中村晃内野手の“らしさ”がぎゅっと詰まっていた。歴代の指導者、チームメート、家族への思いを語っていく中で、口にしたのは裏方さんたちへの感謝の気持ちだった。
「スタッフの皆さん、チームスタッフの皆さんがいなければグラウンドでこんなにも多くプレーすることはできなかったです。いつも最高のコンディションを整えてくださり、最高のパフォーマンスを出せる状況を作って送り出していただいた、チームスタッフの皆さん、本当にありがとうございました」
9月27日に行われた引退試合。その試合後、背番号7はマイクの前に立ち、自らの気持ちを言葉にした。言い淀むこともほとんどなく、誠実さが表れていた15分間。スピーチの時間も限られていた中で、裏方さんへの感謝の思いは、絶対に入れたかった。
「皆さんの支えがなかったら、ここまで来られなかったので。絶対に感謝しないといけないし、本当はメディアの皆さんにもメッセージを伝えたかったんですけど。ちょっと覚えられるか不安だったので」
そう照れ笑いを浮かべていた。チームを支える裏方さんと、中村晃。この関係性は深く、密接なものがある。中でも長年にわたって背番号7を支え続けたのが、柳瀬明宏打撃投手兼1軍担当広報だ。現役最後となったシーズンの渦中。グラウンドの隅で静かに告げられた“決意”、そして震える指でスマートフォンに残したメモ。中村晃の言葉を「一生、忘れないように」――。
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この先で分かる3つのこと
グラウンドの隅で…中村晃が裏方さんへ伝えた決意の言葉
震える指で打ったメモ…柳瀬打撃投手が忘れられぬ瞬間とは
1人でランニング…自主トレで柳瀬打撃投手が受けた衝撃
6月9日に知らされた「今年で辞めようと思います」
その瞬間は、思わぬタイミングで訪れた。
中村晃が出場選手登録を抹消された6月9日のこと。みずほPayPayドームのアーリーワーク、柳瀬打撃投手は外野でボールを拾っていた。時刻は午後1時過ぎ。その視界に、グラウンドへ姿を現した背番号7が飛び込んできた。
「あれ、いつもより早いな」――。
そう思った直後、中村晃は一直線に柳瀬打撃投手の元へと歩み寄ってきた。レフトフェンスのすぐそば。周囲に人のいない静かなグラウンドの隅で、36歳のベテランはすでに固めた“決意”を伝えにきた。
「抹消されることになりました。実は、今年で辞めようと思います」
あまりにも唐突で、衝撃の告白だった。柳瀬打撃投手はその瞬間について、こう振り返る。「本当に、返す言葉がなかったですね。しばらく沈黙があったんじゃないかな。それ以降の記憶がないくらい、とにかくビックリしました」。
後になって知ったのは、その時点で現役引退を知っている人物が数人しかいなかったこと。ともにチームを引っ張ってきた盟友である柳田悠岐外野手や、今宮健太内野手らとほぼ同じタイミングで柳瀬打撃投手も「決断」を聞かされていた。
アーリーワークが終わると、ロッカーに戻った柳瀬打撃投手はすぐにスマートフォンを取り出した。普段から日記をつけるような習慣はまったくない。だが、この時だけは、胸に湧き上がってくる感情を言葉にして残さなければならないと強く感じた。
「寂しい」「なんでやろ」――。
震える指で打ち込んでいった想い。画面に並んだのは整理がつかない悲しみと、長年の感謝が入り混じった素直な言葉だった。
「どこか自分の中でまだ信じられない部分があったんだと思います。晃がどういう気持ちで僕に伝えてくれたのか。それをちゃんと忘れないようにしたかったし、忘れたくなかった。だってそんな瞬間、一生で一度じゃないですか。自主トレの時から、晃が自分自身と向き合うところを、近くで見させてもらってきた。男の生き様、野球に対する姿勢、なんでこのタイミングで僕に言ってくれたのか。考えさせられることはすごく多かったですね」
自主トレをともにして…脳裏に焼き付く1人のランニング
2019年に自律神経失調症を発症した中村晃。その年のオフから柳瀬打撃投手に自主トレをサポートしてもらうようになった。はじまりとなった2020年1月の長崎。“チーム中村晃”の自主トレは一軒家を借りて、寝食までともにした。間近で見た背番号7の姿は、衝撃の連続だった。
「もちろん午前中から練習するんですけど、それが終わったら若い子はウエートにいくんです。でも、晃だけはグラウンドに残って、1人でランニングをしていました。その姿がすごく頭の中に残っていますね。当時の晃は30歳くらいだったと思うんですけど『疲れやすくもなっているし、疲労を明日に残したくない』と話していました。若い子にも教えながら、自分のやるべきこともやる。『すごいな』というのが、その時の印象でした」
毎年のシーズンオフ、中村晃は裏方さんへの感謝を形にして伝える。ウイスキーやネクタイなど、その形はさまざまだった。周囲のサポートがあるからこそ、自分はグラウンドに立てている――。柳瀬打撃投手も「裏方さんで、晃に感謝していない人は1人もいないんじゃないですか」と力強く言い切った。
引退試合で見せたスピーチ。口にした裏方さんへの感謝には、中村晃の偽りのない思いが込められていた。自分を支え続けてくれた人たちへ――。不器用な男が語った、心からのラストメッセージだった。
(竹村岳 / Gaku Takemura)