ポストシーズンをかけた生き残り
“前回登板”とは違った表情で球場を後にした。実に116日ぶりとなる1軍のマウンド。「久しぶりだったけど、腕を振って投げられました」。今季3度目の登板を終え、引き締まった表情で語ったのが大山凌投手だ。5回2死満塁でマウンドに上がった右腕は、胸の奥にある“つっかえ”を自らの手で拭い去った。
19日の楽天戦(楽天モバイルパーク宮城)、先発の前田悠伍投手が5回2死までに5失点と苦しい投球を見せると、小久保裕紀監督は大山をマウンドに送った。この場面で吉野を空振り三振に仕留めると、続くイニングも無失点に抑える投球を見せた。「制球のところで課題があったけど、そういうのは出なかった」と、指揮官も頷いた。
前回登板にあたる5月26日の巨人戦(東京ドーム)では、7点リードの8回に登板したが、1死も奪えずに2失点で降板。肩を落としながら球場から引き上げると、翌日に登録を抹消された。9月12日に再昇格を果たしながらも登板機会のなかった男は、どのような思いで約4か月ぶりのマウンドに向かい、腕を振ったのか。今季わずか2登板で迎えた“歓喜の瞬間”――。強く感じた思いがあった。
会員になると続きをご覧いただけます
この先で分かる3つのこと
優勝の歓喜の陰で、大山凌が抱いていた「意外な胸中」
昨季の苦いトラウマを打ち破るため掴んだ「自信」
倉野コーチが大山へ直接伝えた生き残りの「条件」
「悔しいというか、悔しさすらもないくらい何もできていない。だから他の人に比べたら、特別な感情というのは少ないと思います。でも逆に自分の中で一つの区切りというか、ポイントにして。この先やってやるという思いにはなりました」
2軍で過ごした日々…「改めて良かった」
5月27日の登録抹消から始まった2軍生活は、己の無力さと向き合う時間だった。降格直後も納得する投球はなかなかできず、涙を見せたこともあった。それでもフォームの微調整を何度も繰り返し、手応えと自信を取り戻していった。「少し時間が経って、冷静になれました。改めてこの時間はよかったです」と、この4か月を振り返る。
そんな大山の胸の中には、1年前の苦い記憶が居座り続けた。昨季は26試合に登板したが、8月上旬に2軍へ降格すると、そのまま1軍に呼ばれないままシーズンを終えていた。「2軍に落ちてから上がれなかったのは、ずっと悔しかったところなので」。だからこそ、今回は腹が決まっていた。
昇格後もチームの連勝によって登板機会に恵まれず、優勝の歓喜の中にあっても、自身の足元だけを見つめ続けていた。4カ月ぶりの登板となったこの日も、腕を振ることだけを考えてマウンドに上がった。倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)は、「0点に抑えてくれたので、良かったと思います。やっぱりポストシーズンでメンバーに入れるかどうかという競争になりますので、ここからアピールをしてほしい。それは本人にも伝えています」と語る。
大山もその言葉をしっかりと受け止め、「多少なりとも登板は増えると思うので、そこでポストシーズンに向けてやっていきたい。そこで貢献したいという気持ちは、優勝してさらに強くなりましたね」と、前だけを見据えている。ここから先は何がなんでも、しがみついていく思いだ。
「今日もそういう思いを持ってプレーできたので。ここからチャンスを逃さないように、腕を振ることだけです」。悔しさすら抱けないほどの無力感を味わい、自身と向き合い続けた4か月間。ポストシーズンという最高峰の舞台に自らの力で立つために。肩を落とす姿はもう見せない――。背番号53の挑戦は始まったばかりだ。
(飯田航平 / Kohei Iida)