入団1年目で味わった“クビ” 伊藤優輔が語る1679日の軌跡…絶望の原点「プロ野球選手じゃない」

  • 記者:竹村岳
    2026.06.08
  • 1軍
プロ初勝利を挙げ記念撮影する小久保裕紀監督と伊藤優輔【写真:井上学】
プロ初勝利を挙げ記念撮影する小久保裕紀監督と伊藤優輔【写真:井上学】

7日のDeNA戦でプロ初勝利「とても嬉しいです」

 降りしきる雨に、“古傷”は疼いただろうか。プロ6年目。慣れ親しんだ関東の地で挙げた、待望の初勝利。「ここまで怪我もあって長かったので、とても嬉しいです」。今季最長、4時間41分のロングゲームを制し、ヒーローインタビューを務めたのは伊藤優輔投手だった。「ありがとうございます!」。いつもは寡黙な男が、声高々に感謝の思いを口にした。

 7日に行われたDeNA戦(横浜)は、同点のまま延長戦へ。右腕の出番が来たのは11回だった。先頭の牧が放った打球は左中間に弾んだが、周東佑京外野手の好返球で二塁を狙った牧をタッチアウト。1つ目のアウトを奪うと、続く筒香と宮崎を連続三振に斬るなど無失点に抑えた。その直後の12回に打線が2点を奪って勝ち越し。勝利投手の権利を手にし「とにかくスギ(杉山一樹)を応援していました」。ゲームセットまで、祈るような思いでグラウンドを見つめていた。

 2024年オフ、甲斐拓也捕手が国内FAで巨人に移籍。その人的補償で加入したのが、伊藤だった。プロ6年目、この日が通算24試合目の登板。自身のキャリアを振り返ると「やっぱりトミー・ジョン手術を受けたことですね」――。長いリハビリ生活を乗り越えた男は即答した。右腕の道のりを語るには、欠かせない出来事だ。

 2020年ドラフト4位で巨人に入団。1年目の2021年シーズンを終えると、11月1日に「右肘内側側副靱帯再建術」を受けたことが発表された。25歳のオールドルーキーとして飛び込んだプロの世界。背番号42はなぜ、1年目から右肘にメスを入れる決断を下したのか。球速が5キロも落ちた生々しいリアル、そして味わった育成契約――。自分自身の6年間を、静かに振り返った。

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この先で分かる3つのこと

2021年に右肘のTJ手術…決断した背景とは
地道すぎたリハビリで支えになった存在
手術から1679日後、待望の初勝利までの足跡

25歳でプロ入りも…わずか1年で構想外通告を経験

「夏前くらいに肘を痛めて、最初は保存療法をしていたんです。そこから1回復帰して投げてみたんですけど、“張り”が抜けづらくて。投げられはするんですけど、連投ができないような状態でした。オフも目前でしたし、ごまかしながら進むくらいなら『潔く、早めにやってしまう方がいいか』と。その時点で決心はついていました」

 1年目は1軍登板なし。イースタン・リーグでは16試合に登板して0勝2敗、防御率4.30という成績だった。23イニングで30三振を奪うなど確かなポテンシャルを示していたが、右肘は“悲鳴”をあげ始めていた。「秋にファームの試合で投げて。1試合目は完璧に抑えたんですけど、2試合目はもう全然球速が出なかった。10キロまではいかないですけど、5キロは落ちていたので」。体に現れていた大きな異変。手術も「やるしかない」ような状態だった。

 メスを入れてから2週間後、育成での再契約を結んだ。支配下として入団し、わずか1年で味わった構想外という厳しい現実。「3桁のうちはプロ野球選手じゃない。確かに年齢のことは気にしましたね」と率直に振り返る。当時はまだコロナ禍。外出で気分転換も気軽にはできなかった中、支えとなったのは同期の存在だった。通算36勝を挙げている山崎伊織をはじめ、「トミー・ジョンをした奴が多かったので、みんなで励まし合いながらやっていましたね。懐かしいです」。

傘をさしながらヒーローインタビューを受ける伊藤優輔【写真:井上学】
傘をさしながらヒーローインタビューを受ける伊藤優輔【写真:井上学】

地道なリハビリ生活…支えとなった同期の存在

 手術を受けてから最初の1か月は、ギプスをはめたままだった。投げられないことはもちろん、「トレーニングとかもまともにできないのがキツかったですね。これまでずっと体を動かしてきた人生だったので」。野球だけでなく、「運動」そのものが生活から消えたのは、なかなか受け入れられなかった。手術をした痕は、気圧によっては疼く日もある。右腕が使えないことで「左手で箸を使えるようになりましたね」。一進一退を繰り返す地道な日々にも向き合い続け、もう1度マウンドを目指し続けた。

 2024年には2軍で40試合に登板。同年の7月24日に、再び支配下登録を勝ち取った。自宅でスマートフォンの電話が鳴る。相手は2軍のマネジャーだった。「支配下になるのと、1軍登録されるのが同じタイミングだったので。電話が来た時点でなんとなく察しはしました」。“プロ野球選手”に返り咲いた。伊藤にとっても忘れられない瞬間だ。

「ホッとしたのが一番ですね。(育成から支配下に)戻れない人も、もちろんいるので。ずっと結果を残していたので、いつかチャンスは来るかなとは思っていたんですけど、その年の中継ぎ陣はみんな調子がよかった。僕も、肘は良くなってちゃんと投げられていたので『どうなるかな』と思っていた。とにかく安心したのを覚えています」

 生まれも育ちも、プロ入り後も東京で過ごしてきた。福岡の生活にもすっかりと慣れ、移籍2年目で手に入れた待望の初勝利。右肘手術を受けてから、実に1679日が過ぎ去っていた――。9日からは本拠地に戻って6連戦が控えている。「全部勝つつもりで、僕もブルペンで準備して頑張っていきます」。傘をさしながら受けたヒーローインタビュー。横浜の雨空に、伊藤の力強い声が響き渡っていた。

(竹村岳 / Gaku Takemura)