倉野コーチが単独取材で明かした快投の理由
選手の知られざる素顔や本音に迫る連載「鷹フルnote」。今回は5月31日に1軍復帰し、本拠地初勝利となる2勝目を挙げた徐若熙投手の好投の舞台裏に迫ります。同4日の西武戦では4回7失点と打ち込まれ、人目もはばからずに号泣した右腕。しかし、約1か月ぶりの1軍マウンドとなった31日の試合では一転して6回無失点、7三振の奪う快投を披露しました。首脳陣が導き出した、右腕の“改善点”とは――。「そこにトライした勇気に対して、僕はすごくリスペクトの気持ちがありますね」。倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)が鷹フルの単独取材で、その真意を明かしました。
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わずか4週間で見せた変化に、首脳陣は驚きとともに、確信を得ていた。5月31日の広島戦(みずほPayPayドーム)。6回無失点の快投で今季2勝目を挙げた徐若熙投手は、ようやく白い歯を覗かせた。忘れたくても忘れられない悔しさを経て、この日を迎えていた右腕。だが、前回登板のような姿はどこにもなかった。
本拠地でファンの大歓声を全身に浴びるその姿は、一見すれば鮮やかな復活劇に映る。その笑顔の裏には、自らの投球の根幹を揺るがしかねない「大改造」を乗り越えた、右腕の濃密な時間があった。
降格当時、小久保裕紀監督は「アプローチすることは決まっている。これはちょっと変えた方が良いという部分があるので、いきなり変わるかもしれない」 と語っていた。そして、31日の登板後には、それがプレートの位置の微調整を指していたことを明かした。その言葉の通り、プレートの立ち位置を左端から真ん中寄りに移したことにより、持ち前の圧倒的な出力はそのままに、対峙する広島の打者たちを手玉にとった。
「僕も経験がありますけど、めちゃくちゃ大変だったと思います。前回とはかなり違いますから。景色が全然違います。当然バッターの景色も変わります。そこがポイントだったと思う」
こう語る倉野コーチの言葉には、背番号18が下した決断への敬意が込められている。徐に課されていた「極秘ミッション」。なぜ首脳陣はファームに落としてまで、プレート位置を調整させる課題を与えたのか。そこには、味方打撃陣からのリアルな“進言”と、球団が誇る最新鋭テクノロジーを用いた「ある裏話」が隠されていた――。
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この先で分かる3つのこと
最新マシンも駆使した、大改造の裏にある科学的な検証
野手陣のリアルな声から生まれた、復活へのヒントとは
倉野コーチが2軍戦前にかけた、右腕の背中を押した言葉
打撃マシンが改善のキッカケに
首脳陣が徐に授けた課題の正体は「プレートに立つ位置を約20センチ横にずらす」というものだった。わずか20センチと思うかもしれないが、言葉にするほど簡単なことではない。マウンドから見る景色は一変し、リリースの感覚や角度、体の使い方も完全に別物になってしまうからだ。倉野コーチは「若熙のフォームやメカニック、球の出てくる角度を見て、変えてみるのは一つの手ではないかということでチャレンジしてもらいました」と明かす。
だが、この決断は倉野コーチ1人によるものではなく、チームの総力を挙げた意見交換や、データ分析から導き出されたものだった。「実は、プレートの位置を変えるにあたってトラジェクトアークを使った。今までの位置と、変えた場合の軌道も全部確認していたんです。そういう使い方もできるんです」。倉野コーチは、事の真相を明かす。
発端は、スコアラーやアナリストだけでなく、チームの野手陣から集まった「プレートの位置を変えた方が、打者は打ちにくいだろう」という声だ。その感覚を検証するために、投手の球筋やリリース位置までを忠実に再現することができる最先端の打撃マシン「トラジェクトアーク」に徐のデータを投入した。「アナリストに言って設定してもらって、そこまで確認をしている。長谷川(勇也打撃)コーチにも見てもらって」。科学的な知見も使いながら、右腕の投球を変化させるキッカケを探り出した。
「本当に今までやってこなかったことにチャレンジしてくれた。この4週間で。すごく勇気が必要だったと思うんですよね。今までやってきたことを変えるわけですから。そこにトライした勇気に対して、僕はすごくリスペクトの気持ちがあります」
22日のファーム・リーグ広島戦(由宇)では、100球未満での完封を意味する「マダックス」を達成。その試合前に倉野コーチは「プレートの位置とか、そういう不安は考えなくていい。『1軍で勝負するんだ』という気持ちで広島戦は行ってくれ。思う存分バッターと勝負して投げきってほしい」と送り出した。「“それ”がうまくできていたので、ある程度、1軍で勝負できる状態になったなというのは正直感じていましたね」。右腕が“激変”する可能性を、想像できるほどの手応えを感じていたという。
胸を張った右腕…「最強の自分を」
自信を取り戻し、帰ってきた1軍の舞台。この日の徐は、広島打線を3安打に封じ込める投球を見せた。「変化球のボール球が多かったけど、キャッチャーのリードが良くて、いい結果になったと思います。1球1球自分を信じて、『最強の自分』を見せられるように頑張りました」。本拠地初勝利に興奮を隠せない徐は、マウンドでの心理をこう振り返る。そこにはプレート位置を変更したことに戸惑う姿はなく、ただ自身のボールを信じて堂々と腕を振る姿があった。
倉野コーチは「今日もいい球とそうでない球がはっきりしてたので。でもその原因もある程度僕の中では分かっている。そこを修正できれば、再現性は上がるので、まだもう1段、2段上がるという印象ですね」と、手応えと右腕のさらなる投球の高みを見据える。逆境から首脳陣が提案し、徐が踏み出した“20センチ”。それは、エースナンバーを背負う男がチームを勝利に導くために踏み出した、あまりにも大きな一歩だった。
(飯田航平 / Kohei Iida)