試合を決めた8回のゲッツー…直後に見せた静かな品格
「絶対に、あいつにだけは打たせたくない」。マウンドに上がる前から、対戦する打者が誰なのかは分かっていた。渾身のガッツポーズは、ただピンチを凌いだ喜びからだけではない。心の奥底にある“意地”が木村光投手の拳を自然と握らせた。
4月28日に京セラドームで行われたオリックス戦。3点をリードしながらも、8回1死満塁というこの試合最大のピンチで出番がやってきた。本塁打を浴びれば、逆転を許してしまう状況で対峙したのは、高校時代からの宿敵・太田椋。内角低めを鋭くえぐるツーシームで追い込み、最後は低めのスプリットで「4-6-3」の併殺打に仕留めた。
その瞬間、右腕が見せたのは全身の力を込めたガッツポーズだった。「相手が誰でも、多分あんな感じになっていたとは思いますけど」。そう照れ笑いを浮かべるが、驚かされたのはその直後の行動だ。激しい昂ぶりの余韻が残っているはずのその手で、木村光は地面に転がっていた太田のバットを拾い上げた――。
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この先で分かる3つのこと
・宿敵を前にマウンドで誓った「あいつには絶対打たれへん」
・わずか3球での併殺劇…2球目の反応で確信した勝負
・敵のバットを拾った「無意識の行動」の裏に隠された意外な本音
「高校の頃から対戦しているんで、打たれたくない気持ちは強かったです。マウンドにいく前に、『あいつにだけは絶対に打たれへん』と思って上がりましたから」
奈良大付高で3年間を過ごした木村光。3年夏だった2018年、甲子園出場をかけて決勝で対戦したのが、太田を擁する天理高だった。その試合で打たれた安打、そしてプロ入り後もセンター前に弾き返された記憶は、今も鮮明に焼きついている。「球界を代表するいいバッター。 毎回勝てるわけではないですけど、大事なところでしっかり抑えたい。同じレベルに立ちたいんです」。木村光にとって太田は高校時代から続く「因縁の相手」であり、心の底から尊敬するライバルだった。
“自然に”拾い上げたバット「そこにあったので」
試合を左右する重要な場面だったが、マウンドでの呼吸は驚くほど静かだった。木村光の頭の中には明確な勝ち筋が描かれていたという。1ボールの2球目から投げ込んだのは、内角へのツーシーム。その反応を見て、“確信”を得た。「インコース低めに決まって、バットを振ってきたんで。『次はスプリットを振りやすいよね』と思いました」。意図した通りの軌道は太田のバットの下を潜り抜け、3球目への大きな“伏線”にもなった。狙い通りの併殺劇、そしてチームに勝利をもたらす最高の結果になった。
感情を爆発させたガッツポーズから一転、相手のバットを拾い上げたシーンについて問うと、「普通にそこにあったので(笑)。無意識ですね」と振り返る。興奮状態にありながら、周囲への配慮が身体に染み付いている。しかし、その「無意識の余裕」も、一歩ベンチへ足を踏み入れた途端、緊張の糸が切れたような疲労感へと変わった。
「ベンチに帰ってきて、めちゃくちゃ疲れを感じました。興奮はしていたんですけど。帰ってきたらホッとしましたね」。わずか3球での幕引き。それほどまでに濃密で、緊迫した時間だった。同時に、大きな仕事をやり遂げた充実感が右腕を包んだ。
開幕から1か月が過ぎ、ブルペンに欠かせない存在へと進化を遂げている背番号68。雄叫びから、静かな気遣いへ――。多くの感情を抱えながら、若き右腕はまたひとつ、確かな階段を駆け上がった。
(飯田航平 / Kohei Iida)