安徳駿が“TJ”を決断した背景 迷いを断ち切った愛妻の明るさ…4箇所同時の大手術「やりたくなかった」

安徳駿【写真:竹村岳】
安徳駿【写真:竹村岳】

「TJ」だけではなく…安徳駿が踏み切った「4箇所同時」の大手術

 最後に時計を見たのは、午後1時だった。“大手術”を終えてベッドの上で目を覚ますと、とっくに日は沈み、時計の短針は「7」を指していた。麻酔特有の気だるさが、身体に残っている。右腕を持ち上げようとすると、重いギプスが巻かれていることに気が付いた。「『何時ですか?』と聞いたらもう(午後)7時で。指はちょっと動くんですけど、腕はしびれて感覚もなかったです」。壮絶だった手術を振り返るのは、大卒2年目の安徳駿投手だった。

 2月15日、球団から「右肘内側側副靱帯再建術」を受けたことが発表された。いわゆるトミー・ジョン手術だったが、それだけではない。肘の裏と内側をクリーニング、さらに神経の移行まで、同時に「4つ」の手術を行った。

「トミー・ジョン自体は、他の選手なら大体2時間半、長くても3時間で終わるみたいです。でも自分は5時間くらいかかったらしくて、先生にも『今後、僕が執刀する手術でこれは超えないかもな』と言われました。それくらいまとめて、一気に綺麗にしてもらいました」

 2024年のドラフト会議で3位指名を受け、富士大から入団。ルーキーイヤーだった昨年はウエスタン・リーグで5試合に登板して1勝0敗、防御率4.40という成績にとどまった。怪我も重なり、遠ざかった1軍への道のり。12月には台湾でのウインターリーグに参加。150キロ台を計測するなど、遅れたスタートを取り戻すかのようにメキメキと成長を遂げていた。

 2年目の飛躍に自信を深めつつあった中で、5時間をも超える大手術を受けることになった。最後まで割れた意見、そして決め手となった妻の言葉――。安徳の身に一体、何が起こっていたのか。全ての始まりは今年1月。目視すらできないほど小さな「ヒビ」だった。

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この先で分かる3つのこと

2度の受診でようやく判明。目視できないほどの小さなヒビ
異例の5時間超え。ドクターも驚いた「4箇所同時」の大手術
迷う右腕の背中を押した妻の言葉。「じゃあ、やるわ」

保存療法か手術か…最後まで割れていた周囲の意見

「元々から内側の骨が出ていて、尺骨神経症状は昔から出やすかったんです。寒い時期になると力も入りにくかったんですけど、マッサージを受けたら治ったし、痛みも全くなかったんです。それで今年のキャンプ前、トレーナーさんと『一応、画像も撮っておこうか。何もない方が安心でしょう』と話し合って病院に行ったら、ほんのちょっとだけ骨にヒビが入っていました」

 MRI検査とレントゲン画像を撮影したが、異常は確認できなかった。不安を完全に消し去るために、日を改めて2度目の受診。今度はCT画像まで撮り、ようやく目視できるほどの小さなヒビを見つけた。「その時はまさかトミー・ジョンをするだなんて思わないですよね。『靭帯が切れました。もう投げられません』となって初めて手術するものだと思っていたので」。事の重大さが明らかになった瞬間だった。

 徹底的な検査が進んでいく。自分の右肘は今、どんな状態なのか。さまざまな角度から探った結果、メスを入れる必要性が浮き彫りになってきた。「原因は肘の内側の緩さ。それだけだと、自分よりも緩い人はいるんですけど、画像で見たら骨棘(こつきょく)もどんどん出てきていた。ちゃんと治さないと将来的にトミー・ジョンをしないといけなくなるかなと。それなら、全部綺麗にしようと思いました。最悪の事態だけは避けたかったので」。

 右肘に痛みは一切感じない。だからこそ、安徳の胸中は揺れた。

「最初はやりたくなかったですよ。復帰まで1年と言われますけど、ホークスだと1年以上かかっている選手が多いので。経験者に話を聞くと『痛くなくて、靭帯もボロボロじゃないなら、手術しなくてよくない?』と言われたり。でもトレーナーさん的には『決めるのは安徳だけど、靭帯以外のこともあるから。やっておいてもいいんじゃないか』と。ウインターリーグでも球速が出て、今年はいけると思っていた中での手術だったので。正直『これでするんか……』とは思いました」

リハビリ組の安徳駿【写真:竹村岳】
リハビリ組の安徳駿【写真:竹村岳】

最後に覚悟を決めた妻との何気ない会話

 今向き合わなければ、いつかもっと大きな手術を受けなければならない恐れもある。頭では理解していても、なかなか決心はつかなかった。背中を押してくれたのが、昨年12月に結婚した妻の言葉だ。「奥さんなりにいろいろと調べてくれたんです。トミー・ジョンに関する動画をYouTubeで一緒に見たりしながら、肘の話は定期的にしていたんです」。自分一人ではなく、支えてくれる存在がいる。覚悟を決めたのはある日の夜、就寝前の何気ない会話だった。

「『それでもう1回怪我するのが、一番あれじゃないかな』と言われて。最後は『やっていいんじゃない?』と言ってくれました。しんみりした感じではなく、僕たちらしい明るい雰囲気でした。だからこそ、僕からも『じゃあ、やるわ』と答えられたと思います」

 マウンドに帰ってくるのは、2027年以降となる。1年以上の長いリハビリ生活。支えてくれる人たちに向けて、メッセージを口にした。「『期待しているよ』と声をかけてくださったファンの方もいて。その分、今年はもう投げられないのは申し訳ないです。来年からめちゃくちゃ活躍するので、待っていてください」。安徳らしい笑顔ではなく、力強い表情で語った決意だった。

(竹村岳 / Gaku Takemura)