宮城県出身の高卒2年目左腕・熊谷太雅
育成選手に焦点を当てる鷹フルの新コーナー「未来の推し鷹」。今回は、高卒2年目左腕の熊谷太雅(くまがい・たいが)投手の登場です。39度の高熱にうなされながらも、公式戦で強豪校を撃破したという過去。最大の衝撃は「山に向かって石を投げていたんです」――。令和では考えられないようなストーリー。左腕は一体、どんな野球人生を歩んできたのでしょうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「石を投げていたんです」
漫画のような話を、19歳の若鷹は事もなげに語る。2年目のシーズンを迎えた熊谷だ。宮城県出身の左腕は4歳上と5歳上、2人の兄の影響を受けて野球を始めた。兄はどちらも右利きで「父親が自分を『サウスポーにしたい』と思っていたみたいです。それで左利きのグラブを持たされて、そこからずっと左投げです」。父の願いを体現し、2024年育成ドラフト12位でプロの世界への扉を開いた。
中学時代、野球部の同学年はわずか6人。「全校生徒でも100人はいなかったと思います」と青春時代を振り返る。進学先として選択したのは、春と夏に1度ずつ甲子園出場の経験がある東陵高だった。「一緒にやっていたチームメートと同じところに行ってみたいとも思っていたんですけど、逆に対戦したいと思うようになって。自分だけ別の高校を選びました」。
2年の夏まではベンチ外。主力となったのは、2年の秋、つまり“自分たちの代”となってからだった。新チーム発足から間もなくして迎えた9月23日。秋の県大会準々決勝で、その年の夏の甲子園で準優勝していた“王者”仙台育英高と激突し、2-1で大金星を挙げた。「監督も『みんな育英が勝つと思っているから気楽にやろう』と言っていたんですけど、その通りにやったら本当に勝ちました」。勝利という結果だけではなく、驚くべきなのはその裏側。決戦の直前に、熊谷は体調を壊してしまっていた。
会員になると続きをご覧いただけます
この先で分かる3つのこと
コロナとインフルの同時感染直後。強豪・仙台育英を撃破した驚愕の舞台裏
実家の山に向かって投げ続けた石。「令和では考えられない」驚きの練習法
花巻東・佐々木監督の金言と、左肘手術を経て「投げる喜び」を感じる現在
練習相手がいない自宅療養…山に向かって投げた石
「実は、試合の1週間前にコロナとインフルエンザの両方にかかったんです。“ダブルパンチ”でした」
39度の高熱にうなされ、高校の寮を離れて気仙沼の実家へ。「自宅療養」を余儀なくされた。「何にもやることがないから、1人でランニングしたりしていたんです。そしたらコロナとインフルが打ち消しあったのか、2日目から急に元気になりました」。左腕自身も、まさかの出来事を信じられないような表情で振り返る。身体を動かせるだけの状態にまでは回復したものの、実家には肝心の練習相手が誰もいなかった。仙台育英高との決戦を前にして、左肩を休ませるわけにはいかない。そこで熊谷は、驚きの行動を取っていた。
「山に向かって石を投げていました。今思ったら、なかなかすごいことをしていますよね」
実家から最寄駅までは、自転車でも40分ほどかかるという。自宅の前には、大きな山がそびえたっており、足元に落ちている石を拾っては、森に向かって投げ続けた。「そこからチームに合流して、1日だけ練習したら『次の試合、先発』と言われたので。自分でも驚きました」。結果は8安打を許しながらも、1失点完投勝利。ゲームセットの瞬間は両手を突き上げてガッツポーズした。
花巻東高の佐々木洋監督から「プロになったら?」
大金星から2か月が経った11月。岩手・花巻東高のグラウンドで同校との練習試合に挑んだ。冬のオフシーズンに入る前、最後の一戦。指揮官に「最後まで投げさせてください」と直訴した。左腕の記憶によれば、結果は「9回1失点。12奪三振くらいで勝ちました」。強豪校を相手に掴んだ白星は、また大きな自信をもたらした。
試合後、1人でいた左腕に向かって歩を進める人物がいた。ホークスが昨年のドラフト会議で1位指名した佐々木麟太郎内野手の父であり、花巻東高野球部の佐々木洋監督だった。「プロになったら?」。思いがけない言葉。将来に対するイメージが抽象的だった熊谷だが、初めてNPBを意識した瞬間だった。「佐々木監督からそうやって声をかけていただいたことが、本当に嬉しかったんです。そのおかげもあって、この世界に入れたので」。甲子園の土は踏めなかったが、鍛錬を怠らなかったのはこの一言に背中を押されたからだ。
時は過ぎ、2024年10月24日に迎えたドラフト会議。指名されるか微妙なラインであることも理解していた。「僕たちは学校から球場まで、バスで移動するんです。当日も普通に練習していました」。ソワソワとスマートフォンを気にする。トレーニングを終えて寮に戻ると、同学年のチームメートたちが熊谷の帰りを待ってくれていた。「みんなで食堂に集まって、ドラフトの中継を見ていました。実際に指名されたら、外に出て胴上げまでしてくれて。一瞬ですけど、泣いちゃいましたね」。
自らの力で道を切り開き、時には石を投げながらプロの扉を開いた。昨年11月には「左肘内側側副靱帯損傷に対する、修復およびインターナルブレースによる補強術」を受け、リハビリに励んでいる。すでにブルペンでの立ち投げは再開し、少しずつ実戦復帰が見えてきたところだ。「投げられるようになって、楽しくなってきました」。19歳らしい初々しい笑顔で現状を語る。異色の経歴を持つ左腕が、マウンドに立つところを早く見てみたい。
(竹村岳 / Gaku Takemura)