節目に放った豪快な一発
4月16日――。特別な意味が込められた試合だった。大阪で行われたファーム・リーグの阪神戦(日鉄鋼板SGLスタジアム)。渡邉陸捕手が放ったアーチは、遠く離れた故郷への思いを乗せて、春の空へと消えていった。
「風があったので、もしかしたら入るかなという感触でした。大阪から熊本に届けるような気持ちでした。結果的にそういう日に打てたことは……良かったなと」
10年前のこの日、渡邉が生まれ育った熊本県では、最大震度7の“本震”が起きた。「早かったな……」。当時、神村学園高校(鹿児島)に入学したばかりだったが、感染症の影響で西原村の実家に帰省していた。多感な時期に経験した震災は、野球観、そして人生観に大きな影響を与えた。
自身の「note」では、震災への思いを包み隠さず綴っている。あえて全文を公開することを選んだのは、「多くの人にあの日のこと、そして今の思いを知ってもらいたい」という強い願いがあったからだ。
「当たり前は当たり前じゃなかった。その日からしばらくは生きることしか考えられませんでした。野球のことなんてまったく頭になかった」
震災で失われた日常。その経験があるからこそ、今の環境に心から感謝する。「バッティング練習でも投げてくれる人がいたり、球拾いのアルバイトの方がいてくれたりする。1人では練習できないところで、いろんなスタッフの方もいる」。周囲の存在を「ありがたい」と感じられるのも、今の渡邉の強さだ。
節目の日に、大阪の空に架けたアーチ。それは、あの日からきょうまでを「背番号00」が力強く歩んできたことの証明でもあった。「ボールの見え方はいいです。あとはもっといい対応ができればいいかなと思います」。1軍を見据えて日々汗を流す25歳。その一振りは、故郷の空にもきっと届いたはずだ。
※以下、渡邉陸のnote
熊本地震から10年。故郷のためにプロ野球選手としてできること
https://note.com/watanote00/n/n64a73179e645
(飯田航平 / Kohei Iida)