筑後で見せた恩返し
ついに待望の一発が飛び出した。「ホッとしました。やっと1本、ホームランが出たのはよかったと思います」。笑みを浮かべたのは、ドラフト5位ルーキー・高橋隆慶内野手だった。ダイヤモンドを一周するその視線の先には、初めて筑後の地を訪れていた母親の姿があった。「すぐにホームランボールも渡せました」。高橋は少し照れくさそうに笑った。
18日にタマスタ筑後で行われたファーム・リーグのオリックス戦。6点リードの7回2死三塁で打席に立った高橋は、スリーボールから直球を思い切り振り抜いた。打球は快音を残し、左翼フェンスを越えていく豪快なアーチとなった。今春の3月3日、本拠地でのオープン戦でサヨナラ弾を放って以来の一発。ここに至るまでの道のりは、高橋が直面する“ある壁”との戦いでもあった。長距離の遠征と、連日のように試合が続くプロの世界。社会人出身とはいえ、そのリズムは未知の領域だった。
ヒットこそコンスタントに出ていたが、求められている「長打」が生まれなかった。打てない焦り以上に、身体に蓄積していく疲労が、持ち味である思い切りの良さを少しずつ削っていた。そんな高橋に手を差し伸べたのが、斉藤和巳2軍監督だった。前日の17日、指揮官は高橋を呼び止め、コンディショニングの維持について言葉をかけたという。だからこそ、その翌日に放ったアーチには大きな意味があった。
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続きの内容は
斉藤和巳監督が高橋に授けた、不振を脱する「調整法」
自宅で大切に保管するホームランボールに文字を刻むのは…
母と食事に行くかわからない…高橋が貫く「プロの覚悟」
高橋が取り戻した積極性
「『修正の仕方は色々あるよね』という話をしてもらいました。練習して修正するのか、それとも体を休めるのか。あるいは違ったトレーニングで刺激を入れるのか。1年目で、全部が初めての経験ではあるんですけど、『疲れた状態でこれができなかったな』と思った時に、『こうすれば最低限のパフォーマンスは出せるな』というものを掴めるように。色々と試しながらやっていきたいと思っています」
指揮官との会話をこう振り返る高橋。疲労から本来のパフォーマンスが発揮できていないことは、自他ともに感じ始めていた。だが、斉藤監督の意図は“その先”にある。「1年目から上手くいっている選手であっても、2年先、3年先で絶対に通ることなので。その時に技術を落さずに、どれだけ調子を戻していけるかが大事。これはもう経験として必ず必要なので」。コンディションをいかに管理し、立て直すか。その重要性を説いた。
指揮官との対話を経て、高橋は自身の“積極性”を再確認した。森笠繁2軍打撃コーチからも「ちょっとボールを見すぎ。多少ボール球でも思い切っていく打席があってもいい」とアドバイスを受けた。技術的な微調整よりも、まずは心の「詰まり」を取り除くこと。その思いがあの一振りを生んだ。
「大きい空振りをしたり、フルスイングして凡退になっても、点差があったので試合には勝っていたと思います。3ボールだったんですけど、割り切れたことがいい結果になってくれたかなと思います。初心に帰って、思い切りスイングができたかなと思います」。久しぶりの感覚、納得のスイングに笑みがこぼれた。
母がホームランボールに記す「日付と対戦相手」
試合後、母にホームランボールを渡す際には特別な言葉は添えなかった。「はい」と言って手渡しただけ。「家にあるホームランボールには日付と対戦相手が書いてあるんですけど、自分が何も書かないで渡すので。母が書いてくれているんだと思います」。この日のボールも大切に飾ってくれることだろう。
17日から福岡を訪れている母だが、まだ一緒に食事などはしていないという。「次の日の試合を考えると、外出しにくいので。自分のコンディション次第で連絡する感じです」。1軍の舞台を目指して毎日を必死に過ごす。その決意は言葉ではなく、グラウンドに立つ姿を見ればきっと伝わるはずだ。不器用なやり取りの中に、プロとして生きる覚悟と感謝がにじむ。
「プロになれたことで1つ恩返しができたのかなというのはありますが、今度は結果で見せたい。まだ1軍では打てていないので、1軍で打つことを次の目標にして、恩返ししていきたいと思います」。誰もが通るコンディショニングの壁。初アーチの感触を糧にし、母の前で放った豪快な一打を飛躍のきっかけにする。
(飯田航平 / Kohei Iida)