毎試合見つかる課題…「その方が燃え尽きない」
今季、開幕から自身の登板2試合で連勝を飾り、チームにこの上ない勢いをもたらしている松本晴投手。オープン戦から続く安定感で、今やローテーションの柱として確かな信頼を勝ち取っている。マウンドで見せる落ち着き払った振る舞い、ピンチでも動じない冷静さ。その姿には、昨季までとは明らかに異なる「芯の強さ」が漂っている。
そんな左腕が開幕前のオープン戦最終登板の後に、ふとこぼした言葉が忘れられない。「怪我したら、ファンは忘れてしまう」。充実の時を過ごしているはずの左腕が口にした切実な思いの真意はどこにあるのか。改めて本人を直撃すると、その言葉の裏側にある葛藤と、自身の中で確信へと変わりつつある「変化」について静かに語り始めた。
「常にファンに認めてもらえるところで投げたいっていう気持ちが強いです」。そこには、華やかな脚光の裏側で松本晴が味わってきた、長く暗い「空白の時間」があった。
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続きの内容は
左腕が吐露。怪我で「忘れられる恐怖」と戦い続けた過去
100点満点を捨てた?好投を支える「80点の極意」とは
1軍の屈辱は力になる。松本晴を更なる高みへ導くマインド
「やっぱり1軍の舞台で投げてこそ、みんな覚えてくれるし、評価してくれるし、『すごかったね』って言ってくれるんですけど。じゃあ、目に付かないところで怪我しちゃったとか、リハビリしてても、そういう情報って流れないじゃないですか。で、一年経ったら忘れられちゃうんで」
そう語る背景にはリハビリ生活に明け暮れた3年前の記憶がある。怪我に泣き、マウンドに立てなかった日々。ファンの記憶から自身の名前が消えていく恐怖と戦いながら、出口の見えないトンネルを歩き続けた。その悶々とした悔しさは、今も忘れていない。だからこそ、1軍の舞台で躍動する“今”が楽しくてたまらない。そして、そんな松本晴をもう一段上のステージへと突き動かしているのが、昨季1軍で味わった「屈辱」だった。
「こっち(1軍)で味わう悔しさの方が何倍も辛いです。だけど、何倍も力になります。リハビリの日々は悔しいですけど、だからといって成長させてくれない……。でも、1軍で失敗したら、忘れられないんで。去年1年間でそういう経験ができたこともすごく大きかったです」
「100点」を捨てたメンタル
昨季までは毎試合「100点満点」の投球を追い求めていた。納得のいかない球があれば、マウンド上で理想とのギャップに苦しむこともしばしばあったという。しかし、今のマインドは違う。きっかけは、取り入れているメンタルトレーニングにあった。
「今は平均点を上げる、80点のピッチングをできるだけ増やすことをやっています。それが70点でも、その30点分を次に埋めるためにどうするか。それをオープン戦からずっとやっています。投げたら毎回課題が見つかる。その方がいいですよね。燃え尽きないです」
“あの時の良い感覚”という不確かな過去を追うのをやめた。その代わりに、今のフォーム、今の意識、今の指先の感覚にフォーカスする。それがうまく体現できなかったとしても下を向くことはない。
「メジャーリーガーでさえノックアウトされるし、5失点する時だって絶対ある。ペーペーの僕が打たれても、引きずる必要はないかなって」。そう言って笑う表情にはたくましさが宿る。
長いシーズンのなかで、浮き沈みは少なからず訪れる。状態が良くない日にいかに粘り、どうファンの記憶に存在を刻み込めるか。 「今にフォーカスして取り組むことが、安定していくために必要。そう考えられることが、去年と違うところだと思います」。12日は敵地のマウンド。かつて弟子入りした有原航平投手との投げ合いが待っている。だが、そこには目を向けずに淡々と自身の投球に集中するつもりだ。確固たる決意を胸に。左腕はファンの記憶に「松本晴」の名を深く、強く刻もうとしている。
(飯田航平 / Kohei Iida)