3月3日のヤクルト戦…前田悠伍が登板回避した舞台裏
「ついていく先輩を間違えるな」。上茶谷大河投手が、前田悠伍投手に伝えたいことだ。左腕が見たことがないほど苦しんでいた2月、先輩として手を差し伸べたのは間違いない。しかし、それ以上に大切なのはプロとしての非情さでもあった。2人の運命が交差した“あの日”。スマートフォンに映し出されたのは、20歳が吐き出した悲痛な叫びだった。「すみません」――。
前田悠は今、ファームで調整しながら1軍昇格を狙っている。大きな期待を背負う3年目だが、2月の春季キャンプは自身の状態を「ドツボ」と表現するほど苦しんだ。思い悩む20歳の左腕が頼り続けていたのが「かみちゃさん」だった。アイビースタジアムまで、朝は必ず同じタクシーに乗る。チーム宿舎でも、時間が合えば上茶谷の部屋で何気ない会話を交わしてきた。
「頑張っていたと思いますよ。朝も一緒に行っていましたし、一番練習していたんじゃないですかね」。9歳差の2人。思い悩む後輩の姿を気にかけ、隣で見守っていた。迎えた3月3日、ヤクルトとのオープン戦(みずほPayPayドーム)。先発予定だった前田悠は体調不良で登板を回避し、開幕ローテーション争いからも脱落。代わってマウンドに上がったのが上茶谷だった。急に訪れたチャンスの直前、1通のLINEが届く。画面越しでも、痛々しい思いが伝わってきた。
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続きの内容は
前田悠伍から届いた悲痛なLINE「すみません」
「僕にへばりつくな」上茶谷大河が贈った逆説のエール
お見舞いで手渡した本…求めたいプロとしての自
「すみません。どうしても立てないので、お願いします」
「あの日、僕が代わりに先発したじゃないですか。その前に悠伍からLINEが来たんですよね。『すみません。どうしても立てないので、お願いします』という感じだったと思います」
誰よりも近くで苦悩を見てきた理解者だが、マウンドに立てば枠を争うライバルだ。「同情はしません。特別な感情はないです」。キッパリと言い切るのは、プロとして当然の姿。右腕は首脳陣の真意までしっかりと理解していた。「あいつは『一緒に入りましょう』ってずっと言っていましたけど、同じ日に先発が2人投げる時点で『どっちかは絶対にない』と思っていました。言わなかったですけどね。『頑張ろうぜ』と話していました」。前田悠が作ってしまった“チャンス”で、4回1失点と結果を残したのは上茶谷の方だった。
多くの時間をともに過ごしてきたが「愚痴を聞いているだけですよ。『なんか言ってんなあ』って感じで」と笑う。そして上茶谷は、自ら切り出した。「まあ、これだけは伝えたいですね。ついていく先輩を間違えるなよ、と」。あえて発した突き放すような言葉は、背番号41に対する期待の裏返しでもあった。
「僕にへばりついているようじゃだめです。もっと教えを乞う選手はいますし、僕はなにかを言ってあげられる立場でもないので。そんな実績もないし、『どう思いますか?』と聞かれても……。成績があるから、発言力もついてくると思うので。そこは『ちゃんとした人に聞けよ』と思いますね。愚痴ならいつでも聞きますけど。『俺についてくるな』とも思います」
上茶谷大河がお見舞いでプレゼントした「本」
前田悠が昨年9月に左肘のクリーニング手術を終え、入院していた時。上茶谷はお見舞いに行き「反応しない練習」というタイトルの本をプレゼントした。「あいつは周りを気にしすぎるから、うるさいんですよ」。そう語っていた背番号64は、あらためて真意を明かす。プロの世界は、数字がハッキリと現れる。結果がすべてという世界において、左腕の“弱点”を正確に把握し、プロとして自立させようとしていた。
「自分自身の行動に対して、周りを気にするタイプではないんです。人の目を気にして取り組みを変える、そういうのは悠伍にはないんですけど、周りの成績とかが結構気になる感じだったので。競争していたら、なんか(立ち位置が)わかるじゃないですか。負けん気の強さがあるからだとは思うんですけどね。やることをやっていくしかないので」
29歳の右腕はここまで3試合に登板し、5回1/3を消化。ロングリリーフの役割をこなし、小久保裕紀監督の信頼を着実に積み重ねている。「どうやって抑えるか、それだけを考えています。本当に毎日が命懸けです」。1軍の舞台で、結果を残し続ける。いつか前田悠と、一緒に戦うために。
(竹村岳 / Gaku Takemura)