台湾遠征で抱いた危機感
ホークスの、プロ野球の歴史に新たな金字塔が打ち立てられる。3月27日、みずほPayPayでホークスの2026年シーズンがいよいよ幕を開ける。注目のショート争いを制し、チームの開幕スタメンには、この男が名を連ねることになりそうだ。今宮健太内野手、34歳。プロ野球記録を更新する、14年連続での同ポジションでの先発出場を果たす。
プロ17年目――。相次ぐ故障に苦しんだ昨季、2軍(ファーム)でリハビリに費やす間に野村勇内野手が一気に台頭してきた。“絶対的存在”から一転して、今春のキャンプでは定位置を争う事態を強いられた。熾烈な競争を制してつかんだ開幕への切符。その裏には、2月の台湾遠征で訪れた“転機”が存在した。
きっかけはたった1球、たった一度の空振りだった。
時は2月に台湾で行われた中信兄弟との親善試合に遡る。4回の第2打席に、そのシーンは訪れた。3ボール1ストライクという打者有利のカウント。直球1本に絞っていたにもかかわらず、低めに外れるスライダーに今宮のバットは空を斬った。その瞬間、心の中でこう呟いた。
「これじゃダメやん…」
この一度の空振りが、これまでの打撃を根底から覆す、劇的な転機となる。打者有利のカウントで陥っていた罠に気づいたベテランは、己のバッティングをここからどのように変化させたのか――。今宮本人が激白した。
会員になると続きをご覧いただけます
続きの内容は
復活への糸口を掴むため、後輩・川瀬晃に尋ねた「意外な質問」
有利なカウントが仇に? 今宮を狂わせていた「無意識の罠」
「隠すのは終わり」負傷に泣いた昨季を経て決意した新たな覚悟
翌日に行われたWBC台湾代表との練習試合前、川瀬晃内野手に声をかけた。追い込まれてからの対応に定評がある後輩に「2ストライクの時ってどんな感じ(でアプローチしてる)?」と尋ね、復活へのヒントを探ったのだ。
開幕戦でのショートスタメンが確実も「スタートラインに立てただけ」
「追い込まれると自然と体が反応してくれるんです。追い込まれていない状況で、いつでも自由に振れるとなると(体が)弾ける。それをなくしたいなと思って」
バッター有利の状況で甘い球が来ると、無意識に余計な動きをしてしまう。生じるのは力みや雑さだ。後輩からの助言を聞き、今宮が試みたのは、カウントに関係なく常に後がない感覚で打席に立つことだった。余裕があるからこそ出てしまう悪癖を抑制するための、逆転の発想だった。
この新しいアプローチは、すぐに結果として表れた。同代表との一戦、4回の第2打席。1ボール1ストライクからの3球目だった。相手投手が投じたカットボールに対し、力むことなくコンパクトに中堅へ弾き返して安打を放った。
「あそこから『あれ、こんな感じ?』と思い始めましたね」
日本へ帰国してからも手応えの良さは続いた。「そんなにバットが反応しないし、ボールの見え方はこっちの方がいい」。掴んだ感覚を信じて継続した結果、打撃が安定し始める。オープン戦でコンスタントに快音を響かせ、最終的に打率.316をマークして首脳陣へのアピールに成功。打撃の状態の良さが、野村との争いを制する、決定的な要因となった。
今季は二塁手にも挑戦する傍ら、遊撃手としてのプライドも強く滲ませてきた。冬の自主トレ、そして実戦期間中から目指してきた定位置での開幕先発の座をその手中に収めても、本人は「まずスタートラインに立てただけ」と現状を冷静に受け止めている。
「彼(野村勇)もこのまま黙ってるわけじゃないですし、そこに負けないように。僕自身も怪我してしまったらもう終わりだと思っているので、自分の体と相談しながら。10年前とは違うので、昨年それで何回も失敗しているので、そこは二度と同じ繰り返しをしないようにと思っています」
言葉の端々に慎重さが滲む背景には、再三の負傷に泣かされた昨季の苦い記憶が存在する。
「痛いのを乗り越えたらいけるだろうって思っていたのが去年。怪我してるかもって思ってて(それでも)いけるって行ったらバチっと。何日か我慢できれば大きい怪我になってなかった可能性もある」
以前とは変わった自身の体「正直に言わないといけないところもある」
若かりし頃は怪我をひた隠しにしながら出場を続けてきたし、それが可能な肉体も備わっていた。痛みを抱えたままグラウンドに立ち、翌日の休日でわずかばかり回復させる――。その繰り返しでシーズンを戦い抜いた時期もある。だが、今年で35歳を迎える体では、そうはいかない。無理を重ねた結果、前年は長期離脱を余儀なくされ、不在の間に強力なライバルへ絶好のチャンスを与える形となった。
「チャンスを与えたらこうなるというのは思ってたし、案の定、長期離脱して勇が出てきて結果を残した」
だからこそ今シーズンは自身の体の声へ、真っすぐに向き合っていく。「長くチームの戦力になれないんだったら、正直に言わないといけないところもある」。しっかりと勝利へ貢献するためにも、過去とは異なる体との付き合い方をしていく覚悟を決めている。
前人未到の記録達成となる大一番を翌日に控えても、名手の鋭い視線はずっと先を見据えたままだ。
「まずは開幕というところを勝ち取れるようにと思ってやってきた。何回も言うけど、明日だけじゃないんで。その後もショートでもいろんなところでも、チームの戦力になれるようにやっていきたい。これで終わったはずはないので、この(野村勇との)戦いは。ここが全てじゃないですしね。僕がまずスタートラインに立てただけなんで、ここからだと思います」
13年連続で経験してきても、なお慣れることのない開幕戦独特の高揚感。それを今年も、不動のポジションで味わうことになる。異国の地での一振りから見つけた打撃の進化と、苦しい経験から学んだブレーキの踏み方。2つの大きな変化を携え、頼れるベテランの17年目のシーズンがいよいよ幕を開ける。
(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)