侍ジャパン戦で先発も6失点「実力がなかった」
6失点を喫して、マウンドから駆け足で降りていく。侍ジャパンの強力打線に自分の現在地を思い知らされた。「実力がなかったです」。前田悠伍投手が漏らしたのは、このキャンプを通して野球人生で味わったことがないほどの苦悩。まさに“ドツボ”だった。「人間的なところが消えていて、野球が上手くなるわけがないですよね」――。先輩たちの力を借り、“4年前”の姿を必死に思い出そうとしている。
2月1日は球春到来。プロ野球選手にとっては、激しい競争の幕が開ける日でもある。千賀滉大投手のもとで自主トレを積んだ背番号41。自信を胸に宮崎へやってきた初日、左腕にこう問いかけた。「このキャンプで貫きたいことを1つ、教えてください」。左腕の答えは、いたってシンプルだった。
「1月は、ブルペンだったらキャッチャーに向かって投げているんですけど、まったく意識がいっていなかったんです。対戦するなら、まずはバッターを抑えること。意識を1つに絞って、相手を見てしっかりと“勝負”することを貫けたら。自分に矢印を向けずに、外に目を向けたいなと思います」
よりいい球を投げるのはもちろん大切だが、投手の仕事は打者を抑えること。「自分と闘わない」ことをテーマに挙げ、春季キャンプを過ごしてきた。初日の質問から3週間が過ぎ、手締めが行われた21日。答え合わせをするために、もう1度聞いた。始まりの日に自ら語った“誓い”を、貫き通すことはできたのか。前田悠は、首を横に振った。「めちゃくちゃ自分と闘っていました」――。
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続きの内容は
侍ジャパン戦の2日前、前田悠伍が電話をかけた相手とは?
野球人生初の“ドツボ”…春季キャンプで見失っていたもの
思い出そうとする4年前の姿…口にした新たな誓い
マウンド上でもフォームを意識「わけがわからなかった」
「自分でも、半分はわかっていました。そうならないためにちゃんと言葉にしたんですけど、ドツボにハマったというか……。野球をやってきて初めてでした。だからもう野球が全然楽しくなかったです。嫌いにまではならなかったですけどね。自主トレ中も、めちゃくちゃ考えて練習していたんですよ。それでも『やばい、できひん』って。その状態でキャンプに入っていたので、『闘いそうだな』とは心のどこかで思っていました」
千賀のもとでフォーム改造を図ったが、技術的にも高難度なことばかり。頭で理解していても、1月中に師匠の教えを習得するまでにはいたらなかった。「全然答えは見つかっていなかったです。ただ練習量というか、『これだけやってきた』という自信だけはあったんですけど。野球がどうなるかとかも何も考えていなかったのが正直なところです」。師匠と過ごした自主トレの2か月間、生活の全てを野球に捧げた。自分だけの“足跡”に、後悔は一切ない。
今月15日に行われた紅白戦では1回を投げ1失点だったが、マウンド上でも「『ここを意識して、こう投げて……』って。そういうことを考えすぎて、わけがわからなくなっていました」。バッターとの勝負は、まるでできていなかった。しかし時間は待ってはくれない。開幕ローテーションに入るためには、結果が求められる立場だ。現実とのジレンマの中、自然と口数も減り、表情から笑顔は消えていた。
「『ちょっとズレているな』と思えば修正して、それで直るならいいと思うんですけど。この3週間、本当にフォームのことしか頭になかった。『球なんかどうでもいいから、いいフォームだったらいい』みたいな。やりたいことを頭で描いているんですけど、そうできなかったので。『野球……。野球って楽しかったよな?』って感じでした」
力を貸してくれた“1個上”…今の自分は「楽しくなさそう」
侍ジャパン戦を2日前に控えた20日の夜、迷いから抜け出せない左腕は行動に出た。大阪桐蔭高時代の1学年上の選手たちに電話をかけた。「ベイスターズの松尾汐恩さん。その他にも3人くらいと話しました」。2022年春の選抜では全国制覇を成し遂げ、夏の甲子園でもベスト8に進出した世代。2年生だった前田悠はエース格として活躍した。もっとも野球を楽しんでいた1年間。そんな自分を知っている先輩の意見は、貴重なものばかりだった。
「『高校の時ってどうやった?』と聞いたら『めちゃくちゃ楽しそうで、自信満々で、余裕そうやった』って言われましたね。もちろんプロの世界は違うと思うんですけど、今の僕が『楽しくなさそう』って言ってくれた人もいました。自分でもそう感じているんですから、周りからしたらもっとそう見えますよね。僕は野球がめちゃくちゃ大好きなんです。その気持ちがなかったら始まらないなと、いろんな人と話して思いました。投げる以前の自分らしさが消えていて、野球が上手くなるわけがなかったです」
優勝した高校2年春の甲子園。決勝の近江高戦では先発を務め、7回1失点と好投した。「早よ投げさせてくれって感じでしたね。先輩から『お前頼むで』と言われても『余裕やろ、任せろ』って」。己の実力を心の底から信じて、マウンドに立っていた。4年の月日が流れ、今の自分は“何か”を見失っている。左腕は新しい、そしてもっとも純粋な“誓い”を再び口にした。
「先輩たちとも話をして、なんか吹っ切れました。『もうどうでもええわ』じゃないですけど、こんなことで悩んでいたらすぐに終わってしまう。大好きな野球を楽しもうって決めました。結果は絶対についてくると思って、これからまた頑張っていきたいです」
22日の侍ジャパン戦は、ホークスにとっても2026年初の対外試合だった。先発を託されたのは、首脳陣の期待の高さを表していたはず。結果は1回2/3を投げ7安打、6失点。楽しみながら、マウンドに立つことはできたのか――。「打たれたらイライラはしちゃいますけどね」。そう苦笑いしつつも、前田悠は必死に目線を上げた。「割り切って投げることはできたので、その1点だけで言えばよかった。前には進めたと思います」。思い悩んでいた自分は、もうどこにもいない。悔しさを乗り越えて、もっといい投手になってみせる。
(竹村岳 / Gaku Takemura)