クラブチームから異例の指名…育成5位・鈴木貴大のルーツ
2025年ドラフトでホークスは支配下選手5人、育成選手8人を指名しました。鷹フルではチームの未来を担うルーキーズを紹介します。第5回は育成5位の鈴木貴大外野手。クラブチームから異例のドラフト指名を勝ち取った24歳。これまでの野球人生には母をはじめとした周囲の支えがありました。
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大学時代はプロ野球とは縁のない“無名選手”だった。名門・富士大では4年間で公式戦出場はわずか2試合。1学年下の代ではオリックス・麦谷祐介外野手、広島・佐藤柳之介投手、ホークス・安徳駿投手らが躍動していた。ドラフトで6人が一挙に指名される黄金世代の陰でベンチを温める日々。「すごいなって気持ちもありつつ、本当に悔しかったですね」と当時の本音を口にした。
そんな中でも支えてくれたのが、母の朋子さんだった。母子家庭という環境で、女手一つで育ててくれた母。小学3年で野球を始めてから思うように結果が出ない時期も、朋子さんは「気の済むまでやったらいいんじゃない」と背中を押し続けてくれた。それでも「プロを目指すのは24歳まで」と自ら期限を設け、大学卒業後の2年間を“ラストチャンス”と決めた。
しかし社会人野球からの誘いはなく、独立リーグのセレクションでも獲得チームはなかった。「うちでやらないか」。厳しい状況で声をかけてくれたのが、クラブチーム「CLUB REBASE」の池田則仁代表だった――。
「来年からJABA(日本野球連盟)に加盟して本格的に始動する予定だから、一緒にやろう」。2024年、新たな船出を目前に控えたチームと共に新しい挑戦が始まった。「専用のグラウンドがないので、全員が揃うのは土日だけ。でも試合に出られる喜びが何よりも大きかったです」。主力としてグラウンドに立てる――。これまでの野球人生の中で一番大きな変化だった。
クラブチーム1年目はプラスチック製品の会社でルート営業として働きながら野球を続けた。平日は午前9時から午後6時まで勤務し、退勤後にジムでトレーニングや素振り、ランニングなどをこなした。土日は千葉や茨城など、関東近郊で硬式野球ができる場所に片道1時間半以上をかけて移動する日々。給与のほとんどは野球道具や食費に消えた。
野球に対して真摯に向き合った結果、地道な努力は数字となって現れた。高校卒業時に80キロだった体重は、徹底した食事とトレーニングで93キロまで増加。「振る力が付いたことで、スイングスピードや飛距離で誰にも負けない自信がついた」。ヘッドスピードはプロトップクラスに匹敵する143キロを計測。その驚異的な破壊力が、ついにスカウトの目に留まった。
1年目の冬に大きな転機「自分のために…」
大きな転機は1年目の冬だった。「西武のスカウトの方が試合を見に来てくださって。自分のためにスカウトが足を運んでくれるっていうのは初めての経験でした」。JABAの規定により、1年目の2025年ドラフトでは指名対象選手になれなかった。それでも初めてプロの目が自分に向いたことで可能性を感じた。「来年にすべてをかけよう」。2年目は仕事を辞め、クラブチーム内でアルバイトをしながら野球に集中することを決めた。
施設の清掃や野球講座を手伝いながら、野球に関する知識を貪欲に吸収した。勝負となった2年目、2025年6月に都市対抗予選で対峙した鷺宮製作所戦がターニングポイントとなった。巨人の2025年ドラフト1位・竹丸和幸投手と対戦し、「こういう投手を打ち崩さなければ、支配下、そしてプロへの道はない」とプロ基準を肌で感じた。結果的に都市対抗の1次予選では打率.692、4本塁打、12打点という驚異的な結果を叩き出した。
母に真っ先に伝えた指名「本当におめでとう」
迎えたドラフト当日。「調査書は来ていたんですけど、簡単に切られる身。正直、怖かったです」と振り返る。指名が進む中、ホークスが5位で同じ右打ちの内野手である高橋隆慶内野手を指名した。「もしかしたらないかもな……」。そんな不安もよぎった中、育成5位でようやく名前が呼ばれた。「24年間の人生で、間違いなく一番大きな出来事でした。クラブチームとの出会い。スカウトの方に見てもらえたこと。やっぱりこれまでの野球人生、『運』と『縁』が大きかったなと思います」。
指名後、真っ先に報告したのは母だった。「野球に詳しくないのでドラフトの日程すら知らなかったと思うんですけど。『本当におめでとう』と喜んでくれました。ずっと1人で支えてくれた母には感謝しかありません。社会人になる時も何も言わずに応援してくれた。苦労もかけた。母がいなければ、今の僕はありません」と改めて感謝の言葉を口にした。
ドラフト指名直後には担当スカウトの勧めで秋季練習にも参加し、12月の時点で入寮を済ませた。新人合同自主トレ、春季キャンプに向けて準備を進めている。「恵まれすぎていると感じるほど素晴らしい環境にいるので。1日1日を挑戦だと思って、這い上がっていきたいです」。夢を叶えた24歳は次なる目標の支配下登録に向け、努力を続ける。
(森大樹 / Daiki Mori)