降格に“待った”「時間をください」 本多コーチが指揮官に直訴…廣瀬隆太が知った恐怖心

本多雄一コーチ(左)と廣瀬隆太【写真:古川剛伊】
本多雄一コーチ(左)と廣瀬隆太【写真:古川剛伊】

受け止めた指揮官と本多コーチの思い

 7月10日、約2か月ぶりに1軍の舞台に戻ってきた廣瀬隆太内野手の表情は、以前とは明らかに違っていた。ルーキーイヤーのような、自信に満ちた堂々としたたたずまい。その姿は、悪夢のようなエラーに沈んだ日からの確かな成長を物語っていた。

 5月10日のオリックス戦(京セラ)。「9番・二塁」でスタメン出場した廣瀬は、6回に一塁へ悪送球。このプレーが失点に絡み、チームは敗れた。試合後、首脳陣は24歳の2軍降格を検討していた。昨年は35試合に出場して2失策だったが、今季は26試合で既に5失策を記録。打力を期待される一方で、守備に課題があることは明らかだった。

 しかし、この決定に“待った”をかけたのが、本多雄一内野守備走塁コーチだ。小久保裕紀監督に「僕に時間をください」と直訴した。指揮官はその思いを受け入れ、ファーム行きは一旦白紙になった。その後、廣瀬は5月15日に登録抹消となったが、本多コーチには、それまでの数日間で廣瀬にどうしても経験させておきたいことがあった。

察知した「逃げたい気持ち」

「2軍に落とすことは簡単なんですよ。ただ、1軍の切羽詰まった状況での“居づらさ”や“恐怖心”は、ここ(1軍)じゃないと経験できないんです。『また打球が飛んできたらどうしよう』とか、『セカンドに立つのが怖い』とか。そう思うことは、誰もが経験できることではないんです」

 エラーしたから「即2軍」では、この苦しい経験を次に活かせない。今後の廣瀬のためにはならない、と本多コーチは確信していた。「多分逃げたかったと思うんですよ。その気持ちは察知できました」と、24歳の心中を汲み取っていた。それは、本多コーチ自身も現役時代に同じ苦しみを味わったからこそ気づけることでもあった。

「僕もプレーヤーの時に、そういう思いをしました。もうプレーするのが怖い、と。サヨナラエラーも経験しましたしね」。その恐怖心を取り除く薬となったのが、当時のコーチと向き合った練習の時間だった。「誰も寄り添わずにいると、廣瀬はもう何をやっていいか分からなくなって、1人ぼっちになっちゃうんですよ」。

 技術指導だけでなく、選手の心に寄り添い、共に壁を乗り越える。それがコーチとしての責務と捉えている。本多コーチの熱意ある説明に、小久保監督も理解を示し、思いを汲んだ。廣瀬が登録抹消となる5月15日まで、本多コーチはチューブなど様々な道具を用いて、マンツーマンでの練習を欠かさなかった。

マンツーマンで練習する本多雄一コーチ(左)と廣瀬隆太【写真:古川剛伊】
マンツーマンで練習する本多雄一コーチ(左)と廣瀬隆太【写真:古川剛伊】

降格後も見守って感じた「180度違う顔」

「この感情をどうしても経験してほしかった」。1軍のベンチで感じた独特の雰囲気を忘れることなく、課題と向き合うことが必ず財産になる。2軍で指導する高田知季内野守備走塁コーチに廣瀬の課題と取り組むべきことを的確に伝達し、共有するためにも、2人だけの時間は不可欠だった。

 降格後も、本多コーチは廣瀬のことを見守り続けていた。「高田コーチにお願いして、どういった練習をしているのかを動画で確認していました。何かを得ようとする行動と目をしていましたね」と画面に映る廣瀬の姿に目を細めた。10日に再会を果たすと、確かな変化を感じ取った。「表情が良かったですね。もちろん元気もありましたし、顔が2軍に行く時とは180度違う顔をしていました」。プレーを見ずとも成長を感じる瞬間だった。

掴んだ自信…「去年より成長したところを」

 廣瀬自身も、本多コーチが感じて欲しいと願った感覚を包み隠さずに語る。「『逃げたいな』という気持ちは、正直感じていました」。その思いを噛み締めながら、2軍での約2か月間、がむしゃらに白球と向き合った。「あの時よりは自信を持って守れているかなと。気持ちの部分が大きいです」と、苦しんだ分だけ、精神的な強さを手にした。

「去年は落ちてから、1度も上がれずにシーズンが終わってしまった。今回は上がれたので、少しでも多く試合に出て、去年より成長したところを見せていきたいです」

 本多コーチが直訴し、与えた「4日間」は、背番号33を一回り大きくさせた。失敗を糧に、再びチャンスを掴んだ。そのプレーのひとつひとつで、苦悩の日々を乗り越えた成長の証を刻んでいく。

(飯田航平 / Kohei Iida)