FA移籍3年目…イメージを変えた春季キャンプでの会話
自身の立ち位置がどうであれ、一切手を抜かず練習に取り組む姿。そして、謙虚すぎるほどの言動。それが嶺井博希捕手にこれまで抱いていたイメージだった。ホークスにFA移籍して3年目の今季、春季キャンプ中に交わした会話がその印象をがらりと変えた。
2025年シーズン、ホークスファンにとって最大の関心事は“ポスト甲斐争い”だろう。巨人にFA移籍した甲斐拓也捕手の「後継者」や「後釜」という表現を見るたびに、感じることがあった。甲斐よりも1学年上の嶺井はどのような思いで今季に臨んでいるのだろうか――。本人にありのまま疑問をぶつけてみた。
「自分はできることを毎日100%やっていくだけなので。争いとは言われますけど、争いだろうが何だろうが自分はできることをやるしかできないので。なので、あまり欲しいコメントは出てこないと思います」。そう口にした嶺井へさらに質問をぶつけた。「正捕手になりたいという“欲”はない?」。この問いに対して明かしてくれたのは、これまで知らなかった嶺井の本心だった。
「若い頃は『絶対にレギュラーを取ってやる』って思っていましたよ。プロに入って3、4年目くらいまではありました。でも、それじゃ大事な時に普段のプレーができなかったっていうことがあったので。周りからは『もっとちゃんとやれよ』と思われているかもしれないですけど……」
驚きは2つあった。プロ入り後すぐはメラメラと野心を燃やしていたこと、そして現状を周囲にどう見られているかを感じていたこと。嶺井に何が起きて、どう変わったのか。さらに聞きたくなった。
「『評価されたい、レギュラーを取りたい』と思いすぎると、やっぱり力んじゃう。そうなると空回りして周りが見えなくなったり、くだらないミスをしたりするので。『もっと必死にやれよ』って思われるかもしれないですけど、そこは自分でも“信念”を持ってやっている部分ですね」
嶺井が明かしてくれたのは、過去の反省だった。「若いころは何度も失敗して『なんでうまくいかんのかなー』と思いながら。気持ちを一気に高めるのって、学生みたいな短期決戦ならいいんですけど、プロはシーズンが長いので。“一時的な爆発”だけではどうにもならないのかなと。大学生みたいに1週間で2、3試合ならできるんですけど、やっぱりシーズン全部は続かないなと思いますし。人によっては続くと思いますけど、自分はそういうタイプじゃないなと感じたので」
思い出したのは、嶺井がホークスに移籍した2023年のことだった。44試合の出場にとどまった同年オフの契約更改で、こう口にしていた。「フルイニング出たいんですけど、そういう役割でもないと思いますし。しっかり自分の立場をわきまえながらやっていきたい」。掲げたのは“抑え捕手”として生きる道だった。
定位置確保を諦めたかのようにも映る発言に覚えた違和感も、嶺井の“信念”を聞くとすっと胸に落ちた。「本当にガンガンいくならライバルの結果はもちろん、自分への評価も気になりますよね。そうなると、いい循環は生まれないのかなと。それなら自分のできることに集中するほうがいいのかなと思うようになりました」。
あえて「心の火」を消して、無心で挑む正捕手争い。嶺井はライバルとではなく自身と向き合う。強気な言葉を口にすることが全てじゃない。若手捕手がバチバチと火花を飛ばして臨んでいる正捕手争いを、嶺井らしく戦っていく。
(長濱幸治 / Kouji Nagahama)