“甲斐キャノン”は本当に凄かったのか…正捕手候補の強みと弱み 突きつけられた「0.08」

渡邉陸、海野隆司、谷川原健太、嶺井博希(左から)【写真:冨田成美】
渡邉陸、海野隆司、谷川原健太、嶺井博希(左から)【写真:冨田成美】

盗塁阻止率だけでは測れない捕手の能力…“ポスト甲斐”争いをデータで解剖

 甲斐拓也捕手の退団は、2025年シーズンに向かうホークスにとっては大きな痛手となった。プロ7年目の2017年、103試合に出場して正捕手の座を奪取。その後は昨季までの8年間、大きな離脱もなくホークスの扇の要として活躍を続けてきた。代名詞とも言える強肩「甲斐キャノン」は、野球ファンではおさまらない知名度を誇る。

 甲斐の退団は、ホークスの守備にどのような影響を与えるのか。他球団に盗塁を許すことが増えるのではないかと不安がるファンもいるかもしれない。後継者にふさわしいのは誰なのだろうか。今回は盗塁阻止率だけではなく、日本ではほとんど触れられない送球スピードやコントロールのデータを使って、ホークス捕手陣の盗塁阻止能力を明らかにしていきたい。

 捕手の盗塁阻止能力を示す指標として、まず浮かぶのは盗塁阻止率だろう。以下は、昨季の1軍および2軍で多くマスクをかぶったホークスの捕手5人の盗塁阻止率である。2軍成績は参考程度にとどめる必要があるが、最も高かったのは渡邉陸捕手の.471。1軍に限定すると、最も高かったのは海野隆司捕手の.316だった。これに対し甲斐は.291で、5人の中では最も低い。一見すると、甲斐キャノンはすでに力を落としているかのように見える。

 ただし、盗塁阻止は捕手単独のプレーではなく、投手との連携によって成り立つ。投手のクイックモーションやけん制技術も大きく影響するため、捕手の盗塁阻止能力を測る指標として盗塁阻止率だけを用いるのはふさわしくない。

 次にフォーカスする指標として、捕手が投球を捕球してから二塁に投げ、ベースカバーの野手に届くまでの時間を指す「ポップタイム」に注目しよう。投手のクイックやほかの野手が関わらないため、捕手自身の純粋な送球の速さを測ることができる。ポップタイムが優秀な選手こそ、次の正捕手にふさわしいのではないか。先ほどの5人について、過去3年間の二塁送球平均ポップタイムを比較してみよう。

 以下の図はホークス捕手陣の二塁送球ポップタイムを時間別に分類したものだ。過去3年間の1、2軍戦を合わせた数字で集計を行っている。

 まずは棒グラフ中央に示した平均タイムから見ていこう。甲斐を除いた“後継者候補”の捕手4人に着目すると、彼らの間に大きな差はない。最も速い海野が1.94秒、谷川原健太捕手が1.96秒、渡邉が1.97秒と続き、最も遅い嶺井博希捕手は1.98秒。トップの海野と最下位の嶺井との差はわずか0.04秒だ。この点だけで見るならば、ほぼ横並びの状況である。

 そんな中で、甲斐の平均タイムは1.87秒。ほかの捕手が1.95秒前後で横並びだった一方で、明らかに頭一つ抜けている。海野と嶺井の差よりも、甲斐と海野の差の方が大きいのだ。盗塁阻止率では平凡だった甲斐だが、送球のスピードで見るとやはり別格である。

巨人に移籍した甲斐拓也【写真:荒川祐史】
巨人に移籍した甲斐拓也【写真:荒川祐史】

 時間別の分布で見ても、甲斐キャノンの威力は圧倒的だ。グラフを見ると、ポップタイムが1.80秒未満を表す「赤」と、1.80秒以上〜1.90秒未満の「オレンジ」の部分を合わせた数字が全体の約70%を占める。また、2.00秒以上かかる送球の割合も限りなく少ない。非常に速い送球が多いだけでなく、安定して高いクオリティを見せていたと言えるだろう。

 甲斐以外の捕手を見ると、1.90秒を切る送球の割合が比較的大きいのは、平均ポップタイムでも上位だった海野と谷川原だ。

 ただ2人の分布を見ると、まったく同じ傾向を示しているわけではない。海野の強みは「安定感」にある。1.80秒を切るような送球は少ないが、2.00秒以上も少ない。一方で谷川原は不安定ではあるが、「爆発力」が強みだ。2.00秒以上も多いが、1.80秒を切る送球は甲斐に次いで多い。安定して盗塁阻止を記録できるのが海野だとすれば、ムラはあるものの、時にはあっと驚くような送球で走者をアウトにするのが谷川原だと言えるかもしれない。

スピードと双璧をなす「盗塁阻止コントロール」を検証

 しかし、二塁送球のスキルは単にスピードだけで測れるものではない。どれだけ速い送球をしても、野手が捕球できない場所に投げてしまっては走者をアウトにすることはできない。また、たとえ野手が捕球できたとしても、タッチしやすい場所に投げられなければアウトにするのは難しくなる。送球のコントロールも盗塁阻止能力の重要な要素だ。

 次は各捕手をコントロールの観点から分析してみよう。以下の図は盗塁阻止のために二塁に送球した際、どこに投げられたかを表したものだ。捕手から二塁方向を見た視点で描かれている。図中の値はコースの色と対応しており、赤ければ送球数が多く、青ければ少ないことを意味している。

 個々の数値を見る前に、どのコースに送球できると優秀なのかを説明しよう。二塁送球で最もアウトを取りやすいのは、図中に示した野手の左足周辺のコース。ベースカバーに入った野手が捕球後、素早く走者にタッチできるからだ。つまり、野手の左足周辺への送球が多いほど、捕手のコントロールが優れていると判断できる。

 それを踏まえて図を見ると、コントロール面でも甲斐の優秀さが際立つ。図中の野手の左足付近、いわば“ベストコース”への送球割合は36.8%。2番目に高い渡邉と谷川原の28.9%と比べ、8ポイント近くも高い。甲斐と言えば肩の強さ、ボールの速さに目が行きがちだが、コントロールの面でも優れていたことがわかる。

 ほかの4人も順番に見ていこう。甲斐に次いでコントロールに優れていたのは渡邉だ。ベストコースへの送球割合は28.9%で、1つ上のコースが14.4%となっている。やや送球が高くなる傾向はあるが、高確率で野手がタッチしやすい場所に送球できていたといえるだろう。ポップタイムではやや後れを取った渡邉だが、コントロールでその差を補っている。

 ポップタイムで優れていた海野はというと、ベストコースへの送球はわずか20.0%。これは4人の中で最も小さい。送球が理想的なコースに集中してはいないようだ。

 また図の一番右側の列を見ると、最下部のコースが12.9%、その上が15.7%と比較的高く、送球がやや一塁側に逸れる傾向が見られる。だが、このコースは走者がスライディングしてくる方向でもある。ベースカバーに入った野手が捕球後、そのままタッチに移行しやすいコースといえる。コントロールに課題はあるが、アウトを取る上で致命的な送球ミスが多いわけではなさそうだ。

 もう1人、ポップタイムで優れていた谷川原はどうだろうか。ベストコースの割合は28.9%で、4人の中では渡邉と並んで最も高い。ベースカバーの野手が走者にタッチしやすい場所に高確率で送球できていると言えるだろう。送球スピードではやや安定感を欠いた谷川原だが、コントロールの点ではまずまずの精度を見せていたようだ。

 最後に嶺井を見てみよう。送球データを見ると、ベストコースは21.4%で海野に次いで低い。また送球が三塁側へ逸れる傾向が強く、具体的には野手の右足付近への送球が16.7%で、そのすぐ左側のコースが15.5%。ほかの捕手に比べて高い割合を示している。三塁側のコースは走者が走り込む方向とは逆側に位置するため、ベースカバーの野手が捕球後にタッチするまでに時間がかかる。こうした点から考えると、嶺井はポップタイムだけでなく、送球のコントロール面でもほかの捕手に後れを取っていると言えるだろう。

 ここまで送球の速さとコントロールという2つの観点から、ホークスの捕手陣を分析してきた。こうして見ると、甲斐の送球能力がいかに卓越していたかをあらためて実感させられる。単に送球が速いだけでなくコントロールにも優れており、少なくとも二塁送球という点において、この穴を埋めるのが容易ではないことがデータからも明らかだ。

 次期正捕手候補を見ると海野が送球のスピード、谷川原と渡邉がコントロールでそれぞれ強みを発揮しているものの、決定的な存在には至っていない。現時点で甲斐との隔たりはまだ大きい。もちろん、捕手にとって重要な要素は送球だけでもない。今後、彼らがどこまでこの差を埋め、ホークスの扇の要として成長していくのか。その進化に期待したい。

DELTA http://deltagraphs.co.jp/
 2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する「1.02 Essence of Baseball」の運営、メールマガジン「1.02 Weekly Report」などを通じ野球界への提言を行っている。(https://1point02.jp/)も運営する。