ホークスのメディア露出は、決して少なくはない。選手は細かなスケジュールの中で、可能な限り、そして本当に丁寧に取材に応じてくれている。そんな景色に慣れていても、巨人のキャンプ地に行って驚いたのは報道陣の多さだった。ゴールデン・グラブ賞7度、東京五輪やWBCでは世界一も経験した捕手が、伝統球団に移籍したことによる注目度の高さ。甲斐のもとに届いているインタビュー申請も、かなりの多さだと耳にした。
インタビューが実現したのは2月の中旬、午後1時すぎ。案内された個室で待機していると、ドアが開く。「5分ですよ、5分!」。いつもと変わらないトーンで、ジョークを飛ばしながら部屋に入ってきた。終わってみればボイスレコーダーの時間は10分を超えていた。対応がどこまでも丁寧だったことは言うまでもない。質問に対して、真っすぐに答えを投げ返す。拙い問いかけも、目を見て聞いてくれた。
2020年、新型コロナウイルスの影響を受けたシーズン。7月の札幌遠征では九鬼隆平捕手(現DeNA)にスタメンを奪われるなど、甲斐にとっても厳しいスタートとなった。「その時は毎日泣いていました」と明かすのは、正捕手の苦悩があったからだ。本拠地には「お前の配球が……」と書かれた手紙が届いた。何度も栄光を味わいながらも、それと同じ分だけ、さまざまな“逆風”とも戦ってきた。
2020年は、シーズン終盤まで2位ロッテとのデッドヒート。一時はゲーム差なしにまで迫られたが、最後は12連勝で一気にゴールテープを切った。捕手として報われた瞬間は、甲斐にとって、ようやく本音を吐き出せた瞬間でもあった。その時に言われた言葉を、今でもはっきりと思い出すことができる。
「僕はメディアの方々にも言いたかったですよ。あの12連勝の時、『キャッチャーの頑張りが……』だなんて、誰も何も言わなかったじゃないですか」
反省させられた。背負ってきた重圧を表していた。勝たなければ評価されないポジション。乗り越えてきた辛い経験を思わせるには、十分な言葉だった。2021年はBクラスに沈み、2022年は“あと1勝”でリーグ優勝を逃した。そして昨シーズン、4年ぶりのリーグ優勝を掴むと「よかったです」と、安堵の感情を吐露した。甲斐が何かを振り返るのは、全てが終わってから。そんな姿にも捕手としての矜持が滲んでいた気がする。
2020年のリーグ優勝から5年が経ち、甲斐は巨人のユニホームを着ている。勝つことで評価される捕手の宿命。インタビューの最後に「捕手としての信念は、何も変わっていませんか?」と聞いた。現状を受け止めながら口にしたのは、甲斐の“願い”だった。
「ここ何年かは変わらないんじゃないですか。これが日本の野球だと思います。日本の野球での、キャッチャーというポジションの見られ方だと思います。例えば僕らが(現役を)終わって、年を取った時にそういう(今の考え方とは少し違った)野球になってくれたらいいなと思います」
巨人への移籍が発表されたのは、昨年12月17日だった。その際、甲斐に感謝を伝えると、返事は「まだまだこれから! お互い頑張ろう!」だった。ユニホームを脱ぐその日まで、挑戦する甲斐拓也の姿を絶対に見逃さない。