宮崎春季キャンプ第2クール2日目の7日、アイビースタジアムはいつにも増して慌ただしかった。侍ジャパンの井端弘和監督と松田宣浩野手総合コーチがホークスキャンプの視察に訪れた。ウォーミングアップ中から小久保裕紀監督や王貞治球団会長といった歴代の侍ジャパン監督もグラウンドに立ち、無数のカメラが球界の重鎮の一挙手一投足を追っていた。
投げても球速140キロ超をマークする高い身体能力を持ち、2年前までは「二刀流」に挑んでいた。野手一本に絞り、才能が花開こうとする時、ついに巡ってきたA組のチャンス。興奮と緊張が相まって、表情は硬くなっていたのだろう。そっと声をかけてくれたのは、日の丸を背負った経験を持つ今宮健太内野手だった。
昨年に続き、今年1月も今宮と自主トレをともにした。“弟子”の特徴を知り尽くすベテランの言葉は分かりやすかった。「おまえはバッティングで見せるしかないんだから。どんどん打っていけ」。背番号124の存在を印象付けるための方法は、ただ1つ。そのパンチ力を見せつけるべきだというメッセージだった。
多くの報道陣が取り囲む中で浮き足立ちながらも、師匠の言葉で自らの強みを再確認した。すると、冷静になれた。フリー打撃では176センチと決して大きくない体から左翼スタンド奥の石垣を越える場外弾を放った。初昇格ながらも存在感を放った。
A組昇格は、第2クール途中に急きょ決まった。今キャンプでA組に抜てきされていた佐藤航太外野手が体調不良で6日の練習を欠席。空いた1枠を巡る議論の中で、挙がったのが桑原の名前だった。
「宮崎でバットを振ってきた量は断トツですから。こういうチャンスでパッと名前が出るということは、彼がやってきたことの成果。桑原の良さは『バカになれる』こと。良い意味で、周りの目とか気にしないんですよ。誰になんと言われようが、どう思われようが、自分はこうやるんだ! という強い思いを持っている」
松山秀明2軍監督は、推薦した経緯を明かす。今や試合でのデータはすべてが数値化される。さらに練習量も、GPS機能を搭載したウェアなどを解析することで一定のデータは把握できるという。ただ、その精度には誤差が生じることもあるため、コーチ陣が見ている印象と機器が示すデータをすり合わせて評価する。「見ていても桑原の振る量は群を抜いていた。たぶん1軍にいる人は、そんなに桑原のこと見たことがないと思うんですよ。その中で『おっ!』となってくれたら、それだけで良い」。昨年まで1軍を指導していた村松有人2軍打撃コーチもしたり顔だった。
内野手登録の桑原だが、今季は外野手として出場機会を伺うことになる。当然、飛び込んだA組の中でレベルの違いを実感している。「まず打ち損じが少ないし、芯に当たる確率が高く、きれいな打球を打つ。守備の意識もまったく違います」。
そして、最初に目にしたまぶしい光景が忘れられない。「日本代表になるような選手がいるところ……。やっぱり、A組ってそういうところなんだなと。そのレベルになって、やっと1軍で試合に出られるんだと思えた。忘れられない1日です」。鮮明に刻まれた記憶が、勝負の5年目を迎えた桑原の糧になる。