「怖くて毎日は無理」板東湧梧がフロントに投じた一石 金銭&体の負担…縦割りキャンプの課題

契約更改交渉に臨んだソフトバンク・板東湧梧【写真:藤浦一都】
契約更改交渉に臨んだソフトバンク・板東湧梧【写真:藤浦一都】

600万円アップの4000万円でサイン…シーズン振り返り「悔しいの一言です」

 大げさでもなんでもなく、心からの訴えだった。「死んでしまいそうで」。ソフトバンクの板東湧梧投手が29日、PayPayドームで契約更改交渉に臨み、600万円アップの4000万円(金額は推定)でサインした。球団との交渉において右腕から意見を出したのが、ファーム施設との往復について。「筑後での通勤がキツい」と語った背景と、詳細に迫っていく。また、交渉に同席した三笠杉彦GMから見た板東の評価も明かした。

 今季は30試合に登板して5勝4敗、防御率3.04。キャリア最多の83イニングを投げながらも「一番思うのは、悔しいの一言です」と表情は晴れない。先発としては3勝4敗で、巡ってきたチャンスで全てを掴むことはできなかった。「同じ失敗を繰り返してしまったのが情けないような、悔しいような。そこさえできればというところで壁に当たってしまった」と、自身の成績に納得はしていない。

 1年に1回、球団との交渉の場。板東は「筑後への通勤がキツい」と自分の考えを伝えたという。「お願いしました。リハビリで通っている時も本当にしんどくて、死んでしまいそうで。その時も宿泊施設を自分で取って泊まっていたんで」と自費だったことも明かす。球団に訴えた詳細、板東がそう思った背景と経緯とは――。

 PayPayドームからファーム施設「HAWKS ベースボールパーク筑後」までの距離は約60キロ。福岡市内からだと、高速道路だとしても片道で1時間はかかる。11月の秋季キャンプでは野手は宮崎、投手は筑後で行われた。野手は宮崎市内のホテルに宿泊し、球場までは専用のバスで往復する。一方で投手は「通勤か宿泊か、選べた」というが、どちらにせよ自費で支払う必要があった。自分の車ならガソリン代、新幹線代、筑後市内での宿泊ならホテル代など、どれを選んでも金銭面で負担はかかる。

 特に負担だと話したのは体力面だった。「(移動時間がもったいない)それもありますし、とにかく通勤で体力が削られる。本当に死にそうになるんです。意識が集中するじゃないですか、死んじゃいけないから」と真面目に言う。2020年には右肘の手術を経験して、長期のリハビリ生活も味わった。毎日が筑後への通勤で「本気で死ぬと思いました。今はそんなにですけど、リハビリの時は特に思っていて、今も怖くて毎日は無理です。たまにだったらリフレッシュで行けますけど」と、ストレスを感じていたことは間違いない。

「前まではウエートルームに休めるようなスペースがあったんですけど、そこも4軍ができたことでウエートルームが増築されて、潰されてしまった。仮眠を取るような場所がない。ロッカーって言っても、他の選手もいる。パイプ椅子で寝られるような場所でもないので、そういうのがあれば通勤も視野に入れられるし、もうちょっと練習に身が入るということは(球団に)言いました」

契約更改交渉に臨んだソフトバンク・板東湧梧【写真:藤浦一都】
契約更改交渉に臨んだソフトバンク・板東湧梧【写真:藤浦一都】

 球団の反応は「そこで出てくるであろう課題」だと、受け止めてくれたという。板東は“代案”として「金銭面の話になるんですけど、通勤での費用さえ出してもらえれば、自分で別のホテルだって取ることもできますし、いろんな選択肢も出てくる」と提案する。交渉に同席した三笠杉彦GMも「従来のキャンプなら1軍、2軍レベルの選手は宮崎に行く。さほど問題にならなかったんですけど、縦割りにすると(問題が出る)」と語った。

 縦割りにして通いの選手が増えたことで、課題が生まれた。三笠GMが例の1つとして挙げたのは、日本ハム。「シーズン中ですけど、鎌ヶ谷(日本ハムの2軍本拠地)だとコーチも含めて、寮に宿泊ができるとも聞いている」という。一方で「秋のキャンプで、特に家族がいる選手は『通いの方が家族との時間ができていい』という方もいらっしゃった。全く苦にならないという選手もいるので、全体的に意見を聞いていけたら」とも。いきなりの改善ではなく、ヒアリングを重ねて検討していくような案件になりそうだ。

 首脳陣から選手の評価を聞くことはあっても、フロント陣に評価を聞く機会は貴重だ。三笠GMは板東の成績について「球団としては与えられたところで、1年間を通して、自身のマネジメントをしてくれた」と話す。グラウンドでの起用をフロントが決めることはできないが「後半からは先発でも活躍してもらった。1年間で中継ぎ、先発で貢献をしてくれた。いつも調子がいいというわけではなかったので色々課題が残った、という本人談でしたけど」と、結果的に先発と中継ぎの両輪をこなしたことも評価の要因となった。

 会見に臨んだ板東の表情は終始、柔らかかった。600万円のアップを勝ち取っても「自分の中であまり、何か買うことは考えていないです」と笑う。自主トレは昨年と同様、和田毅投手のもとで行う予定だ。来シーズンへの決意が新たになる契約更改の日。契約書にしたサインに誓って、必ず飛躍の1年にする。

(竹村岳 / Gaku Takemura)