入部3か月で後悔「間違いなく失敗」 壮絶だったPL野球部…15歳で築いた“土台”

  • 記者:竹村岳
    2023.07.08
  • 1軍
ソフトバンク・松山秀明1軍内野守備走塁コーチ【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・松山秀明1軍内野守備走塁コーチ【写真:藤浦一都】

「KKコンビ」世代の主将を務めたソフトバンクの松山秀明コーチが回顧

 昭和から平成の高校野球を彩った超名門高校の話だ。清原和博に桑田真澄、松井稼頭央、福留孝介……。数々のスーパースターを輩出したのが、大阪のPL学園だ。ソフトバンクの松山秀明内野守備走塁コーチは、清原&桑田の“KKコンビ”の同級生で、3年時にはキャプテンを務めた。「あの経験があったから今もユニホームを着られている」という青春の3年間を振り返る。

 PL学園は春3度、夏4度の甲子園優勝を誇る。特に清原、桑田を擁した世代は甲子園に5季連続出場。特に夏の甲子園では優勝2度、準優勝1度と圧倒的な強さを誇った。チームを牽引した2大スターについて、松山コーチは「清原は本当にすごかったので。桑田は僕らみたいな体型で、そんなにすごさは感じなかったですね。甲子園に行ってからすごくなりましたけど、恵まれた体格でもなくて、目立つ選手ではなかった」と、当時の第一印象を語る。

 1983年夏、日本一の原動力となった1年生の“KKコンビ”を、ベンチ外メンバーとしてスタンドから見ていた。「みんなそうだと思いますけど、面白くなかったですよ。応援なんかしているやつはいなかったと思う」。PL学園に入学したのは、レギュラーとなり、日本一になるため。「高校生の割にはプロ意識というか、ライバル意識の強い学校だった」と話すのも、屈指の強豪ならではだった。

厳しい環境に耐えた日々「15歳の経験が、今の土台になっている」

(竹村岳 / Gaku Takemura)