初夏のタマスタ筑後で藤原大翔がこぼしていた言葉
2年連続の日本一を掴み取ったホークス。1年を戦い抜いたナインはそれぞれ充実の時間を過ごしている一方、今オフに19人もの選手がチームを去ることになった。10月30日をもって終了した戦力構想外の通告期間。遡ること5か月前、気温が上がり始めていた初夏のタマスタ筑後で、藤原大翔投手がこぼしていた言葉を思い出す。
「僕、育成ありますかね……」
今オフに支配下としての戦力構想外を言い渡され、育成での再契約を打診される可能性があるか――。そういったニュアンスであるのは明らかだった。5月8日に支配下登録を掴み取ったが、2度の先発登板で2敗、防御率9.45と結果を残せず。20日のオリックス戦(京セラドーム)後、右肘痛を発症してリハビリ組へと移っていた。1軍のレベルを痛感させられ、投げることすらできなくなったばかり。20歳が漏らした“弱音”は、あまりにも悲痛だった。
結果的に藤原は2027年シーズンを支配下選手として迎えることが決まった。今だからこそ明かせる、5か月前にこぼした言葉の「真意」とは――。
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この先で分かる3つのこと
「全然あるよな」怪我を検索した藤原大翔が覚悟した現実
トイレにも携帯持参…球団からの通告電話に怯え続けた日々
「ヤバいやん」ドラフト9人指名で藤原大翔が取った行動
5か月にわたるリハビリ期間「つまらなかった」
「怪我をしたのが(右肘の)靭帯だったので、結構長引くじゃないですか。自分でも、どれくらいで治るのかを検索したんですよ。そうしたらもうシーズン終わりくらいになるのはわかっていたので。『(育成再契約も)全然あるよな』と思っていました。支配下になったばかりでしたし、アピールもそんなにできなかったので。自分でも“ある”と思っていました」
2023年育成ドラフト6位でプロ入りした右腕。努力を重ね、最速156キロにまで成長を遂げた。無限の可能性を秘めた若鷹でさえ、構想外通告を受ける“恐怖”に怯えていた。「肘のリハビリも順調だったんですけど、1回立ち上げをやめたので。そこから長引いたんですよね」。自身のコンディションが上向くまでは、胸の中で渦巻く不安とずっと闘っていた。
飯塚高時代に腰を痛めたことはあったが、ここまで長期のリハビリ生活は初めてだった。投げることすらできない日々は「つまらなかったです」と本音を隠さない。自然と気持ちは落ちていく。少しでも前を向くために、時間ができれば「若鷹寮」から外に飛び出すようにしていた。「長水(啓眞)と一緒に、とにかく出かけていましたね。リハビリ組はほとんど室内で練習するじゃないですか。太陽を浴びないとなと思って」。チームメートの存在を糧にして、単調な日々と必死に向き合い続けた。
復帰を目指す「立ち上げ」の段階では、怖さは消えなかった。ブルペン投球でもなかなか球速が上がらず「144キロくらいでした」と振り返る。きっかけになったのは、勇気を出して遠投をしてみたことだった。「それまではヤバいなと思っていたんですけど、『意外といけるかな』と思いました」。長く暗かった道のりに、ようやく光が見え始めた瞬間だった。10月6日の3軍戦でようやく実戦復帰。最速153キロを計測するなど、5か月にわたって溜まり続けてきた思いをマウンドでぶつけた。
ドラフト会議で9人を指名「全員の名前を調べた」
チームはパ・リーグ3連覇を成し遂げ、ポストシーズンを戦っていた。その裏側では、2027年に向けた戦力整備が進められている。いつ鳴るかもわからない球団からの着信に怯え、藤原も「普段トイレに行く時は別にケータイを持っていかないんですけど、ずっと持つようにしていました」と明かす。焦りと不安が行動に現れていることは、しっかりと自覚していた。
10月22日に行われたドラフト会議。右腕はフェニックス・リーグが行われていた宮崎の地から、テレビ中継を見守っていた。ホークスが指名した支配下選手は9人で、そのうち7人が投手。藤原にとっても、危機感が募る瞬間だった。
「佐々木(明都)さんと部屋で見ていて『誰々が指名された』みたいに話していました。知っている人もいたので『そうなんや』と思って、僕はお風呂に入ったんですよ。そしたら『めっちゃ指名したぞ』と言われて、何人か聞いたら9人だと……。『ヤバいやん』と思って、SNSを開いて全員の名前を調べました」
プロの扉を開いた選手もいれば、去っていく選手もいる。ホークスでは支配下9人、育成10人が構想外通告を受けた。藤原にとっても関わりが深かった選手もいた。「ハモンドさんとか、佐々木さんとか。基本的にピッチャーはみんな仲が良かったですよ」。1軍の舞台をともに目指した盟友たちに思いを馳せながら、20歳は言葉を絞り出した。
「仲の良い人がいなくなる寂しさもあるんですけど、そんなことも言っていられないくらいずっとソワソワしていました」
抱いていた痛烈な危機感は、藤原が熱く燃やす野望の“裏返し”。そして、育成の厳しさを知るからこそ「絶対に戻りたくない」という思いの表れでもあった。自分の力で掴み取った背番号22を、絶対に手放したくなかった。
2027年は4年目のシーズン。今はタマスタ筑後の秋季練習で「フィジカル組」としてトレーニングに励んでいる。「僕の場合はキャンプからアピールしないといけない。1年間戦える体を作って、競争に割って入っていきたいです」。プロとして“怖さ”を知った藤原大翔なら、これからもっと強くなっていける。
(竹村岳 / Gaku Takemura)