今季限りで退団する恩師と向き合う時間
離れていても、頼りにしていた存在がいた。秋季練習3日目の筑後。サブグラウンドでは前田悠伍投手が小笠原孝2軍投手コーチ(チーフ)とキャッチボールを行っていた。30分ほどの時間で約100球。1球1球を確かめるように、変化球を交えながら腕を振った。
今季12勝を挙げて飛躍を遂げた左腕と、今季限りでの“退団”が決まっている恩師が向き合う貴重な時間。お互いの胸にある思いは、どのようなものだったのだろうか――。
前田悠が1軍に合流して以降、2人がキャッチボールをする機会はほとんどなかった。「ずっと見てもらっていましたし、1番お世話になったコーチでもあるので、本当に寂しいです」。21歳は率直な思いを口にした。
それほど全幅の信頼を置く小笠原コーチに、前田悠は“2度”メールを送ったことがあったという。小笠原コーチが常々伝え続けてきた「それが悠伍の生命線だから」という言葉。シーズン終盤、その真意を痛感する出来事があった。
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この先で分かる3つのこと
被弾直後に送ったメール…前田悠が痛感した「恩師の教え」
前田悠がキャッチボール相手に恩師を選んだ「本当の理由」
退団する小笠原コーチが言葉を詰まらせて明かした「本音」
見抜かれたフォームのズレ
1度目は、不調時にフォームの確認を求めたもの。そして2度目は、シーズン最終登板となった10月2日のロッテ戦の後だった。
「悪くなった時に、『動画を見て、いい時と悪い時の違い見てほしいです』と送りました。あとは最後のロッテ戦の時です。ずっと『グラブサイドの真っすぐが生命線だぞ』と言われていて、それが甘くなってホームランを打たれてしまったので。そこが大事になるっていうのを『改めて実感できました』というメールをしました」
この試合で佐藤都志也捕手に浴びた一発。アウトコースを狙った直球が、シュート回転して甘く入り、痛打された。これまで何度も授かってきた教えの重みを、痛烈に実感する1球となった。
小笠原コーチもそのやりとりを鮮明に覚えている。「体の使い方を指摘して、ずっと気になっていたことを言いました。グラブサイド、グラブを持つ側のボールが中に入ると良くない。その投げ方をしていると中に入る確率が上がるからって言っていたら、実際にホームランを打たれた。そしたら日本シリーズでも打たれて。そこが彼の課題なのかなとは思って、そういう話はしています」と振り返る。左腕が口にする“来季への課題”が、はっきりと浮き彫りになった場面だった。
理想の軌道を描く“恩師の直球”
久々のキャッチボールでも、小笠原コーチの目は厳しかった。「いい時のボールと違ったんで、投げ方がちょっと気になった」。それでも、指摘すればすぐに球筋が変わる。「そこはやっぱりさすがだなと」。教え子の高い修正力に、満足気な笑みを浮かべた。
「日本シリーズの時もずっと何か嫌な感じだったんですけど、それで投げていたので、多分『何も成長していないな』と思われていたと思います。いい時はいいんですけど、今はフォームのズレが起きていて、それを修正しきれていない。原因は分かっているので、もう少し再現性を高めていけば、もっといい球になると思います」と語る前田悠。ともに高みを目指してきたからこそ、無駄な慰めや過度な褒め言葉はいらない。半年ぶりのキャッチボールで2人が感じ取った現在地は同じだった。
キャッチボールの相手に小笠原コーチを選んだ理由はそれだけではない。「小笠原さんの球はすごくシュッってくるし、めちゃくちゃラインが出るんです。だから、その球を見ることでイメージができて、いい感覚がつかめるんです」。この日、小笠原コーチは手本を示すかのように力強いボールを投げ返していた。背番号41にとって、何よりも理想の軌道を描く球だった。
その言葉を伝え聞いた小笠原コーチは、「『キャッチボールやってください』って言ってくれるのはありがたいですよ。何かしら気づいてほしいところがあったんでしょうね、選手からそう言われるってことは……。ホークスに来て、悠伍と一緒にやれて良かったのかなと思いますけどね」と、少し言葉を詰まらせながら、寂しそうな表情でこう語った。
前田悠は6日まで練習を続けた後、1週間のノースロー期間に入る。奇しくも、その6日こそが小笠原コーチにとって指導の最終日となる。「いいボールを投げて最後を締めくくりたいなと思います」。3年間の感謝はボールに込めるつもりだ。小笠原コーチは「もうあいつは大丈夫です」と愛弟子の未来に太鼓判を押した。秋晴れの中で行われた温かな投げ合い。言葉以上にお互いを理解し合えるボールで語り合う――。筑後のサブグラウンドには、そんな光景が広がっていた。
(飯田航平 / Kohei Iida)